■kanade
ポケットの中にスマホ。
来るはずのないLINEを頻繁にチェックしてたせいで、電池の残りは43%だ。
「バカだなぁ。」
こぼれ落ちた小さなひと言。
好きだったら、別れなきゃ良かったじゃんとか。
でも仕方なかったもんとか。
だけど、違う言い方あったかもしれないとか。
──バカ、本当バカ。
『ヤキモチ焼くの疲れちゃった』
送ったLINEに返事はなかった。
『もー別れよ』
重ねて送ったLINE。
迷って迷って、だけど返事を期待して送った言葉。
それも既読スルー。
面倒って思ったんだろうな。
でも、最近は「会おう」って言ってもだいたい「部活」で。
『お昼一緒しよー』
『ゴメン、部のヤツらと一緒だから』
『月曜オフでしょ、一緒に帰ろ』
『自主練付き合うって約束しちゃった』
あげくの果てに『さっきLINE見た』って次の日返事とか……終わってる。
同じクラスだった2年の終わりに玉砕覚悟で告白して、まさかでOKしてもらって舞い上がった。
「可愛い」って言ってもらえて嬉しかったし、デートなんか楽しくって浮かれっぱなしだった。
人生で初めてのカレシ。
どうしていいかなんてよくわからなくて、だけど彼がリードしてくれて何もかもうまくいってた。
──最初の頃はね。
女の子に人気あることに嫉妬して、だけど伝え方がわからなくて黙るばかりになったりした。
そんな時に機嫌をとってもらうと嬉しくて、それに甘えてた。
(うざいって思われてたんだろうなぁ……。)
友達だった頃みたいには付き合えなくなって、気がつけばLINEの返事も間遠になってた。
LINEのトーク画面をスクロールしてみる。
私からの大きな吹き出しが並んだ中に、彼からのひと言が少しだけ。
客観的に見たら一目瞭然、とっくに嫌気さされちゃってたって思う。
LINEとかじゃなくて会って言えばよかったと思うけど、もう今更だ。
格好悪い私、うざいだけの元カノ……彼の中にはきっとそう記憶されるんだろう。
「ッわ!」
「あ、すみません……!」
消そうと決意して結局消せないトーク画面を睨んでいたせいだ。
すれ違いざまに向かいの人と肩がぶつかって、弾みで転がったスマートフォン。
「ごめんなさい、すみません!ごめんなさい!」
「や、ごめん。こっちこそ……って、そんな痛かった?!」
慌てて拾って頭を下げた私の視界、
「ご、ごめん……どうしよう、俺……!」
真っ黒な制服姿の男の子が驚いてこちらを見ていた。
「え、違う!ちがうちがう、大丈夫です!」
「でも!」
歩きスマホなんかしてるからだって怒られても仕方ない。
相手が同じ高校生でよかった。
大人とかだったら注意されてたかもしれない。
顔が熱い、だって恥ずかしい。
どうしよう。
そう思って俯く頬に──
「だって、泣いてる。」
指先が、触れた。
「え、や……あの、これは、そういうんじゃなくて!」
ますます恥ずかしくて、それにびっくりして、つい払いのけるみたいになった手。
「あ、あああああの!ごめんなさい、えと……!」
それがまた失礼じゃん!って慌てたら、
「ははッ、そんな慌てることねぇべ。」
ハの字型になった眉の下、大きな瞳が弧を描いた。
「どこも痛くない?」
「な、いです!」
「ケータイ、平気?」
「へいき!ですッ!」
「んじゃ、ちょっと深呼吸な。」
「う、ん……。」
なんだろ、これ。
涙なんて引っ込んで、慌てた気持ちもどっか行っちゃったみたい。
ほっとして、ちょっとおかしくて、それから──ドキドキする。
「あ、ありがとうございます。」
「ほら、もう一回!スーハー。」
「す、スー……。」
「吐いて。」
「ハァーーー!」
「ん、OKOK。」
にかっと笑う黒い制服に、思わず見とれてしまった。
色素の薄い髪、肌も白いな。
真っ黒な学ラン、どこの制服かなぁ……何年生だろ、同い年かも。
なんて、
「あ、あの!」
「うん?」
そんな場合じゃないって!まずはちゃんと謝ってお礼しなきゃ。
「すみません、さっき……その、ぶつかってしまって。あと、ありがとうございます、それで……ちょっとびっくりしただけで痛かったとかじゃないです、ごめんなさい。」
ぺこりと頭を下げたら、彼はまた笑って、
「そっかー。」
とか、
「でもなー」とか「うーん」とか、そんなことを言って、首をぐるりと回した。
「じゃ、ちょっと付き合って。謝礼的な感じで!」
「しゃ、謝礼!」
ギャー!何それ!
この人、さわやかに見えてソッチ系?
ヤバイ、別の意味でドキドキしてきた!
って思ったら──
「ちょっと待っててな。」
50メートル先のコンビニまで来てそう言って、
「これ、飲み終わるまで付き合って。」
「え……。」
手渡されたのは、紙パックのカフェオレ。
「あー、部活の後って甘いモン欲しくなるー。」
そう言って、ストローに口をつけた彼に倣う。
不思議なひと。
でも、怪しいとかじゃなくってなんかほっとする感じ。
同じ高校生だし、悪い人じゃないし、なんかすごい優しいしって、なんだか安心してしまう。
「あ、」
「え?」
二人してコンビニ前に横並び。
彼の様子を横目で見ながらカフェオレを啜っていたら、
「これって、ナンパみたいじゃん!やべ、そんなんじゃなくて、俺……!や、マジでそういうんじゃないから!」
急に慌てだした彼に、今度は私が笑う番だった。
「ふふッ、」
「あ、コラ。笑うな。」
「だって、」
「う──ん、まぁ笑うよなぁ。」
それで、二人して顔を見合わせて笑った。
「ごめんね、私……実は失恋して!それでちょっと落ち込んでたんだ。」
「おー、そっか。俺は考え事しながら歩いてたわ!」
大胆に告白してしまうと、彼も一緒に戯けてくれて、また笑った。
「ありがと。」
「いいって。てかさ、その制服って青葉城西だべ?」
白いブレザーは、結構お気に入り。
まわりにない感じだし、茶色いチェックのスカートとも相性がいい。
それに、実は県内でも人気の制服だったりするのだ。
「えっと、学ラン……ごめんね、どこかわかんないや。」
「おー、早速田舎だってディスられた気分。烏野高校な、まー実際田舎だけど。」
同じ宮城だけどって言ったら、「学校の周りにコンビニとかあるべ?」と真顔で言われた。
「俺、菅原孝支な。今、3年……ってなんか自己紹介って照れるな。」
次々表情が変わって、それがなんだか嬉しい。
中学時代の友達とか同じクラスの男の子と話してるみたいで、前から知ってる人みたいって思えるから不思議だ。
「えと、三日月ゆい……デス。同い年だね。」
「三日月サンかぁ。」
そんな風に呼ばれると、ますます前から友達みたいな気がしてくる。
「あ、お金!カフェオレの!」
「いいって。」
「よくないよ!」
「いいって、本当。あ、じゃあさ……。」
言いかけて止まった菅原くんの耳が赤い。
「どうしたの?」
「や、ちょっと待って。」
頭を掻いて、首を捻って、それからぐっと伸びをして、
それで、彼が言った。
「その代わり、LINE教えてよって……やっぱナンパだよな?」
「……だねぇ。」
ちょっとだけイジワルをして答えたら、「なにげにヒドイなッ!」と大げさに突っ込まれた。
「ウソウソ。私も知りたいって思ったら。」
もっと話したい。
ちゃんと友達になりたい。
今会ったばっかりだけど、菅原くんはそう思わせてくれる人だった。
「はー、心臓に悪いって。」
「ゴメンってば。」
だってホラ、もう話せる感じじゃん。
「失恋の愚痴とか、俺が聞いちゃる。」
「じゃあ、菅原くんの考え事も。」
ちょっとウキウキして、なんだかワクワクする感じ。
さっきまで胸の中にあった痛みは、気がつけば感じないくらい小さくなっていた。
「じゃ、またな。」
「うん、今度カフェオレおごるね。」
「はは、いいって言ったのに。じゃ、コーラとたこ焼きにしよ。」
「あ、たこ焼きいいなー。」
自然にこぼれていくセリフ。
テンポよく刻まれていく言葉たちが、うみだすリズム。
ウキウキの理由を考えるのは、ちょっと節奏がない気がして止めた。
だけど、何かが変わる気がした。
明日、学校に行ったら言おう。
「おはよう、大事なことLINEで言ってごめんね。部活頑張って」って。
それでトークルームも消してしまおう。
「バイバイ」って、今なら言える。
気持ちはまだ消えてないけど、前を向ける勇気がもてた。
それで、ちゃんと「さよなら」が言えたら──
新しい「友だち」にメッセージを送ろう。
何かが変わったその日、何かを変えられそうな気がした日。
君に出会えたから、だから──私は少し、強くなれたよ。
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