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■透明な媚薬 6

あれから、大地とも三日月さんとも俺は連絡を取っていない。

女の子を泣かせてしまった後味の悪さとか、大地になんて言おうとか、あれこれ考えていたら……気付けば結構な時間が経ってしまっていた。
「友達 紹介 彼女」とか「バツイチ 恋愛」とか「離婚 その後」とか、ネットで検索して無益な情報にモヤモヤしたりして、俺ってまるでバカっぽい。


どうしたいのかな、俺。
どう思ってるのかな、三日月さんのこと。

気になってるのは本当だ。
綺麗な子だし、最初の取り付きにくい雰囲気が嘘みたいに、話せば楽しい。

こんな子と付き合えたら楽しいだろうなって思った。
また会いたいって思った。


だけど、
……正直ひるんでるのも本当。

時間が経つほどに思考は冷静になって、だけど感情の波は抑えられないままだ。
一度誰かと結婚してたんだなって思うと、彼女の存在はどこか遠く感じられて。
それで別れてるんだって思ったら、気楽に誘えないっていうか、なんとなく責任重大な気がしてしまう。

そういうのが偏見だってことくらい、頭ではちゃんとわかってるのに。


それに──大地はさ、どんなつもりで彼女を俺に紹介したんだろう。


『優しくて穏やかでって……俺が一番最初に浮かんだの、スガだったんだよなぁ。』
大地の言葉が甦る。


『真面目で優しくて寛容で、懐の深い───俺の一番の親友だって、澤村くんが言ってた。本当だね。』
三日月さんの笑った顔が思い浮かんで、ひどく胸が痛い。


俺は、優しくなんかない。
寛容でも、懐が深くもない。


泣いてる女の子の手を離した俺。
追いかけることさえしなかった俺、連絡さえしてない俺。

最低だって思うのに、どうしたらいいかわからない。

何が正解?


問いかけても答えが出ないまま──だけど自分が卑怯な男だってことだけはわかってる。


大地から久しぶりのLINEが届いたのは、そうやってモヤモヤとした時間を過して自己嫌悪のまっただ中にいる最中の出来事だった。





「おう、久しぶり。」

「ん、そだな。」
いつもの居酒屋で、だけどいつも通りに大地の目を見返せなくて。

「生でいいよな。」

「うん。」
情けない俺。

「タコワサ頼むか?あ、やっぱ枝豆にするか。」

「ああ、うん……。」
居心地悪くて尻をずらして、なんとなく曖昧に返事を返しているうちに運ばれてきたビール。


「ヨシ、飲もうぜ!」
大地の声が大きくなって、それにつられて初めて視線を上げた。

ガチンとジョッキがぶつかりあって、口をつけたそばから減っていく大地のビールをぼんやりみた。
1/3を一気に飲み下して、


「スガ。」

それで大地が言った。


「三日月からさ、おまえにごめんって伝えてくれってさ。」

「えッ……。」


”ごめん”


その言葉の意味をすぐには測りかねた。


「困らせちゃったからとか言ってたけど、いや、俺も悪かったよな。」
俺に向けられた言葉。

「俺も、二人に悪いことしちゃったなって思ってさ。」
俺に向けられてるはずなのに、大地の言葉はまるで俺を通り抜けた先に向かって発せられているように感じられた。


「三日月のこと、ちゃんとおまえに話してからにすべきだったし、俺が悪いから。」

「大地、あのさ……。」

「俺が悪いんだよ、三日月にもスガにもさ、謝らないとな。」



もしかしたら、ずっと前から始まってたのかな。
大地が三日月のこと、俺に紹介したいって言うずっと前から。

俺の知らない、もっと前から──。



そう思ったのは、しばらく後のこと。
この時の俺は、大地の言葉の意味を理解しようとすることにただ必死だった。


「三日月な、社内恋愛で入籍したんだけどさ──。」

同期入社の男と結婚を決めた。
籍を入れたのとほとんど同時に、相手が別の女性に心変わりした。
結婚式をキャンセルして、それで社内中に頭を下げてまわった。

だから、今も……彼女は傷ついたままでいる。


大地の話を聞きながら、三日月さんの顔が幾度も頭に浮かんだ。
涙を流すまいと必死にこらえた笑顔の意味、それをようやく知って──、


「大地。」

”ごめん”なんて言うなよって思った。

三日月さんも大地も、俺に謝る必要なんてない。
俺ってやっぱり最低だった。

彼女のこと「いいな」って思って、離婚したって聞いてひるんで、それでまた……今はまた違う気持ちに揺れてる。


だけど、

俺がそれを言うより先に……大地が寄越した言葉。



「おまえとうまく行かなかったら俺、三日月に告白しようと思ってた。」



「え、」

大地が、三日月さんに……?

なんで?どうして?
どういう意味だ?

どうして大地が?

聞き間違いかと尋ねようかと思うほど、それは唐突だった。



「スガとうまく行ってほしいと思ったのは嘘じゃない。」
大地の目が、まっすぐに俺を見てる。


いつも堂々としてる大地だけど、こんな顔を見るのは初めてだった。
高校時代も、大学の頃も、社会人になってからだって、見たことない。


まっすぐで、だけどどこかほの暗い──心の奥底を隠したまなざし。
そのこと戸惑って、言おうと思ったはずの言葉は一つも口から出てこない。


「嘘じゃない。」
もう一度繰り返して、はっきりと告げた。



「だけど、今は……俺が三日月を守ってやりたいって思ってる。」


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