■恋する王子の不毛な日常
女の子にキャーキャー言われる男は「ムカツク」って岩ちゃんは言うけど、俺にだって悩みはある。
ファンの子の声援は嬉しいし、自慢するとすぐキレる岩ちゃんは面白い。
バレー部の主将でしかもイケメンの俺は中学の時からモテモテで、「連絡先教えて」とかラブレターとか告白とかそういうのもしょっちゅうだ。
だけどさ、だからって完璧な毎日ってワケじゃないんだよね。
俺は───……
「きゃあああ!及川さァァ──ん!」
コートの外から黄色い声援。
練習が始まるといつもこう。
邪魔だなんて思わない、公式戦じゃ応援がものすごい対戦相手も多いし、集中力を切らさないためのいい予行演習だ。
走り込みをしてからサーブ練習、レフトから順にスパイク、サーブレシーブ、スパイクレシーブ、ブロックレシーブ、勿論トスも。
バレーは基本が大事、派手な試合と違って練習ではひたすら同じことを繰り返しやる。
って、まぁバレーだけじゃなくて何だってそうなんだろうけどさ。
そう、基本。
物事は基本が大事。
「ゆいちゃん!お待たせ!」
練習を終えて向かうのは、いつも図書館。
机に向かう横顔を覗き込めば、
「は───……。」
ため息。
「ね、もう部活終わったしさ、その辺にして帰ろ。」
「………。」
カチリ、とシャーペンを置く音がした。
彼女が顔を上げる瞬間、俺はいつも最高にドキドキする。
「てゆうか、」
少し長めの前髪が長い睫毛にかかっている。
あ、ちょっとエロいかもって思ったら余計に心拍数が上がった気がした。
「待ってないし、一緒に帰る理由ないじゃん。」
───ッ!
ツレない一言!
コレが実は快感だなんて絶対言ったらダメだ。
そんなこと言ったら変態扱いは確実……って違う違う、別に変態とかじゃなくてゆいちゃんの言葉ならどんな言葉でも嬉しいだけだから!
「でも、俺は一緒に帰りたいしィ。」
調子に乗ったら睨まれた。
「それにさ、もう遅いし女の子一人で帰るの危ないよ。ゆいちゃん可愛いし、絶対一緒の方がいいよ!」
だけど、もう一押し。
「お母さんも心配するでしょ、ね?」
机の横にしゃがみ込んで今度は上目遣いでゆいちゃんを見上げた。
「……岩泉も一緒ならいいケド。」
「──やッた!」
うん、ホント何事も基本が大切。
ゆいちゃんのいる図書館に通って、冷たくされても毎日「帰ろう」って声かけて──うんうん、実際こうやって二人で帰れてるしね。
(岩ちゃんも一緒だけど。)
かれこれもう2年、俺はこんな生活を繰り返している。
だから、ゆいちゃんとの距離は確実に縮まっているはず……と信じたい!
んだけど───
「ていうかさぁ、徹ってよく飽きないよね。」
「何が?」
ゆいちゃんと俺と岩ちゃんはご近所さんだ。
所謂幼なじみってヤツ。
だけど、小学校の途中でゆいちゃんは東京に引っ越しちゃって、それっきり。
そのゆいちゃんがまた宮城に戻って来たって知ったのは、青葉城西の入学式でのこと。
感動したよね!
だって、昔の面影そのままになんていうかエロく……じゃなくて!ますます可愛くなっちゃってるんだもん!
以来、2年間猛アプローチ中。
まだ振り向いてもらえてないけど、だけどやっぱり心の距離は縮まってると思うんだよね。
「や、だからこうやって図書館来てさ。」
呆れ顔で俺と岩ちゃんの間を歩くゆいちゃんが言った。
「飽きるわけないじゃん!俺バレーとゆいちゃん大好きだもん。」
胸を張って答えたら、今度は岩ちゃんにまで呆れた顔をされた。
「あ、勿論岩ちゃんも大好きだよ。」
「ぶッ……アホか、いらんわ!」
「え───!」
岩ちゃん付きなのはちょっと不満だけど、賑やかな帰り道っていうのも悪くないよね。
と思った時だった。
「彼女は大好きじゃないの?」
え……。
いや、あの……え、あの……ええええッ??!
「ゆいちゃん、知っ…てた、の……?」
ヒクリ、と頬が思わず引き攣った。
慌てて岩ちゃんを振り返ったら「あーあ」という顔をしていた。
「フツーに知ってるけど。」
なんてことないみたいにゆいちゃんが言ったところで、通学路のバス停に着いた。
ちょうどのタイミングでやってきたバスに乗り込んで、3人並んで立つけど……
ヤバイ!
超無言!
気まずい……ッ!
確かに俺には彼女がいる。
いるっていうより最近出来たばっかりだ。
だけど、それはゆいちゃんに相手にしてもらえなくて寂しかったっていうか、いざゆいちゃんと付き合う時にイロイロ上手くやれるようにとか、
そういう感じで……あッ、あとたまたま結構可愛い子に告られたってのもあるけど……ええと、その…つまり、だから……。
「あの、ゆいちゃん?」
怒ってるかな?怒ってるよね??
どーしよ、俺。
傷つけちゃってるとかだったら……むしろちょっと嬉しいんだ…けど。
「そういうデリカシーのないこと言ってるからフラれるんじゃないの?」
「え、ほ、ほぇぇぇ?!」
おそるおそる問いかけた彼女から返って来たのは、さらに強烈なスパイク……!
「だから、徹って彼女といつも続かないじゃん。そういうのが原因じゃないって言ってるの。」
いつもって……え、あぅ、ああ……そう、な、んだ、けど……
なんで知ってるの???!
今までも彼女いたこと!なんで知ってるの?!!
「バーカ、及川。」
「なぬッ、岩ちゃんまで!」
「三日月はさ、おまえが彼女に誤解されないように俺を誘ってるわけ、わかってねぇのかよ。」
「………ッ!」
嘘、ウソだ、そんな……。
今まで岩ちゃん付きで帰るのはゆいちゃんが二人きりは恥ずかしいからだって思ってた。
恥ずかしいとかじゃなくても「気まずい」とか「ちょっと意識しちゃうー」とかそういうのだと思ってた。
なのに……俺と彼女に気をつかってた?!
俺に彼女がいたこともずっと知ってて、しかも気をつかってたなんて……俺……全然考えてもいなかった。
「あ、あたし降りなきゃ。じゃーね。」
俺と岩ちゃんちの1コ前の停留所でゆいちゃんはバスを降りた。
「バーカ、バカ及川。バカ川。」
「い、岩ちゃんヒドッ……!」
呆然とする俺に岩ちゃんはダメ押しの悪口を言って寄越して、
「ヒドイのはおまえじゃねぇの。」
急に真面目な顔になって言った。
「付き合うとかさ、そもそもどーゆーことかおまえわかってんのかよ?」
………!
そんなの、そんなの岩ちゃんに言われたくないよ!
そんなセリフが頭を過ぎったけど、口にすることはできなかった。
何事も基本が大事。
そう思っていたはずなのに、俺は基本ができていなかったのかも…しれない。
恋愛のキホン。
好きってこと、付き合うってこと、彼氏と彼女っていうこと……大事な基本を俺は見落としてたんだろうか。
図書館のゆいちゃんの冷めた視線が急に思い出されて、胸の奥がぐっと苦しくなる。
胃が迫り上がってくるような、むかむかするような不快な感じ。
だって、ゆいちゃんが好きなのに!
俺が好きなのはゆいちゃんだけなのに……!
こんなのってマジで最悪だ。
「どうしよう、岩ちゃん……。」
しょんぼりした俺を引っ張るみたいにして、岩ちゃんはバスを降りて、「どうしよう」ってもう1回聞いたけど、無視された。
「朝練サボるんじゃねーぞ!」
サボんないよ。
サボんないけどさ、でも俺どうしよう。
楽しい毎日が苦しい毎日に変わろうとしている。
ああ、こんなのって本当に……最悪だ。
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