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■ルララ 2

参考書の話が出たのは、整骨院からの帰り道。

整骨院を出るタイミングが同じだったのは、偶然としかいいようがない。
施術を終えた後で着替えるスピードがいつもより遅かったとか、会計で名前を呼ぶ声に耳を澄ませていたというようなことは、断じてない。


『あ、牛島くん。』

『……腰は。』

『え?』

『腰は問題なかったのか?』
改めて視線をやると、足の湿布は見るからに痛々しい。

『あ、うん。鍼打ってもらったんだ。初めてでちょっとビックリしたけど、やっぱ足を引きずってたのがいけないっぽい。』

「来週も来なさいって言われちゃった」と恥ずかしそうに笑って見せる彼女に、また胸が鳴る。

なんだ?
何なんだ、俺の心臓は。

一体どうしてしまったというんだろう。

けれど───気になって、視線がそらせなくて、もっと見ていたくて。


『荷物を持とう。』
財布を仕舞おうと開いたショルダーバッグに詰め込まれたいっぱいの参考書。
見るからに重そうなそれに、そう口に出していた。

『えっ、』

『貸せ。』

『いやいや、いいよ。大丈夫!』

『重いだろう、気にするな。』

『けどさ、』

『外も暗い。駅まで送る。』

なんて、こんなにも長く女子と話したのは初めてだ。
それに───話していたいと思ったのも。


それから、二人で話ながら歩いた。
俺ばかりでなく、今度は彼女も話した。

夏まで吹奏楽をやっていたんだということ、今は引退して受験勉強のまっただ中だということ。
英語が、苦手科目だということ。

『単語さえ覚えればって言われるんだけど、それが難しいんだよね。』
いい参考書知らない?などと聞かれても、俺に答えられるはずがない。
大学進学を予定してこそいるが、推薦で進学先はほぼ決まっている。

答えられない。
それが、なぜかとても悔しかった。



「そんなこと言われても、俺だって受験の予定なんてないしな。」
整骨院で出会った高校生に聞かれたのだと答えた俺に、チームメイトたちは首を捻る。

「そうか。」
相手が女子だということは伏せた。
なんとなく。
伏せた理由はそれだけだ。

「でも、」
それだけだというのに、

「別にスポーツ推薦だって言えばいいじゃないか。なんで受験するフリをしてしまったんだ?」
予想外の追求に答えに詰まる。


「……別に理由などないし、フリもしてない。」
たまたま答えるタイミングがなかっただけだ。
そう、たまたま。

「ふぅん。」
賑やかな心の中を見透かそうとするように、周囲の相手の視線が細められる。
中でも一番やっかいな相手の視線が、じっと俺を見ている。

「なんだ、天童。」

「いやぁ、若利くんさ……。」

「だから、なんだというんだ!」
しまった、無駄に声が大きくなってしまった。
今のは良くない。

まるで、自分の中にやましいことがあると言っているようなものじゃないか。
そんなもの何一つないのに。
やましいことなど、別に、一切、断じて、決してないのだというのにだ。


「女の子だ!」

「!!」

ズバ、と眉間に突き刺さる人差し指。
思わず首が後ろに伸び上がる。

「なッ……。」

「そうだよね!ね、絶対そう!わかっちゃったよ。」

違う、と言うべきか。
だが、それでは嘘になる。
チームメイトに隠し事など、していいものだろうか。

別にやましいことなどないのだし、だったらそうだと答えればいい。
だけど、そう……だけど、なぜか言いたくない。

気恥ずかしいような、大事に自分の中に仕舞っておきたいような。
どうしてそんなことを思うのか、自分でもわからないが……だが、


「若利くんは嘘とかつけないね、本当。」

そう言われて仕舞えば、渋々頷くより他ない。
盛大ににやつく顔は、とても気にくわないのだが。



かくかくしかじか、うんぬんかんぬん、目の前の説明は延々と続いていた。

コイツの言うアドバイスとやらは、本当に適切なのだろうか。
「それって恋じゃん!」に始まったそれは長々と続き、

「いいか、参考書は俺が進学クラスのヤツに聞いといてやる。で、スポーツ推薦だから受験しないってちゃんと言えよ。バレー部だって言ったんだろ、試合見に来てとかさ、うんそれがいーわ、絶対いい!俺ってすげぇ!実際さ、バレーやってるとこ見たら惚れるって、うん。間違いない!」
一人自己完結した答えを寄越して、両肩をポンと叩いたのは瀬見だった。


───そして俺は今、「進学クラス1の秀才の絶賛する参考書」とやらのメモを握り締めてここにいる。


「えー、待っててくれたんだ!」

「この前も一緒に帰ったからな。」
参考書の話をするのは帰り道にしろ、とそう言われていた。
「ついでにラインのID聞けよ」と言われたが、そこまで完遂できるかわからない。

いずれにしても俺は「とにかく話を延ばしてお茶とか飲んでけよ!」というチームメイトのアドバイスに従うべく、彼女の荷物を手に取ったのだ。

「ごめん、荷物……!」

「構わない。足は……もう大丈夫なのか。」
先週に会った時よりも、小さな湿布が貼られている。

「うん、だいぶ。」
照れくさそうな笑顔が、いちいち胸を抉るから困りものだ。
こちらまで気恥ずかしさが移りそうだと横を伺っていた視線を道へと向けた時、

「腰もね、今週痛くなかったらもう来なくて大丈夫だって。」
発せられた言葉。


「そう、なのか……?」

「うん。」
なんだ、この胸の痛みは……?
どうして、なんで俺はこんなにも沈んでいるんだ?

さっきまではこんな気分じゃなかった。
もっと、そうだ……とにかく違ったはずだ。


「……もう、来ないのか。」
バッグを持つのとは反対側の手の平。
ぐしゃりと握った紙が、小さな音を立てた。

「牛島くん?」

「………。」

参考書を調べて来たんだ。
進学クラスのヤツが言うんだから、きっと間違いない。
ウチの学校は進学クラスだって県下でトップクラスだし、スポーツクラスもそうだ。

それで、俺はそのスポーツクラスで、その中でもバレー部は強豪なんだ。
全国大会にも毎年出ている。
今年のインターハイ予選も勝ったんだ。

俺のポジションは、スパイカーだ。
前にも多分言ったな。
俺はバレーが好きで、練習するのも試合をするのも楽しいんだ。

今度大きな大会がある。
その為の練習試合もある、相手は県内の大学チームだ。

それで、だから、つまり、


「見に来ないか」って言うつもりだった。



話そうと思っていたこと、アドバイスされて準備してきっと言おうと思っていたこと。
そのあれこれが、頭の中を空回りする。


「……良かったな。」

「え?」

「怪我が治ってよかった。」
怪訝そうな彼女に向かい、ようやく口に出した言葉。

俺は今、どんな顔をしてるだろうか───。


知らない感情が溢れ出して、きっかけを失った言葉が頭を埋め尽くして、うまく話すことができない。


だけど、そんな俺に、

「ねぇ、」
彼女は微笑んで言った。


「ちょっとだけ、お茶しない?駅前のスタバ、ちょこっと寄ろうよ!」

俺が用意したはずの、幾つか目のセリフ。
彼女の口唇から発せられたソレに、一も二もなく頷けば───


「あのね、新作でてるの。気になるよねってクラスで話してたんだ。」

見上げる笑顔が眩しい。
こんなにも、彼女の笑う顔はキレイだっただろうか。


また高鳴る胸に宿る予感は、あるいは本当に───



恋だと、いうのだろうか。


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