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■ルララ

「英単語の参考書ォ?!」

あからさまに驚いたと表情で示すチームメイトに、眉間に力が籠もった。


「何かおかしなことを言ったか。」
拗れた機嫌のままで聞き返すと、「そりゃ驚くだろ」と返された。

「期末試験なんだから別にそこまでしなくていいじゃん。なんだかんだ点数悪かったことないっしょ、若利くん基本真面目だし。」
おすすめの参考書はないかと尋ねただけなのに、心外な反応だ。
俺が勉強するのがそんなにおかしいというのか。

「期末じゃない、受験用だ。」

「ハァ?!」
受験、という言葉が発せられた途端、いよいよ相手の顔は盛大に歪んだ。

「え、なんで?なんで受験?受験て言ったよな、今!」

「受験だ。」
聞かれたことに答えたまで、そのつもりだったが、今度は顔を青くしたソイツが俺の肩を両手で掴んだ。

「受験ってなんだよ!おまえまさか……怪我でも見付かったのか?嘘だろ、バレー辞めるなんて言うなよ!そんなッ……嘘だ!」

……バレーを辞める?
なぜそうなるんだ?

「言っている意味がわからないな。」

「いや、だって……!」

「なぜ俺がバレーを辞めることになるんだ。」
怪我などしていないし、勿論バレーを辞めるつもりはない。

「だったらッ……!だったらなんで……受験するなんて急に言い出すんだよ!」
そこまで言われて気が付いた。
───どうやら、俺と相手との会話はまったく噛み合っていないらしい。


「受験をするのは俺ではない。」

「ハァ?!」




話は、一週間前に遡る。


金曜の部活動を終えた俺は、いつも通っているスポーツマッサージに向かった。
これはいつものことだ。

スポーツを続ける上で練習が大事なのは勿論だが、身体のメンテナンスも同じくらい大切なことだ。
いずれはプロになりたい、だからこそ怪我などあってはいけないし体調管理には特に気を遣っている。

週に一度通っているスポーツマッサージもその一環だった。
疲労や筋肉の偏りを取り除き、次の練習に備える。
常に全力でプレーするための下準備だ。

マッサージのために訪れた整骨院で、俺は「彼女」に会った。


白いブレザー、茶色地にチェックのスカート。
その脛に大きな湿布が貼られていることに気が付いたのは、どのタイミングだったか。

高校生の客は珍しい。
そんな風に思いながら、混み合う院内で隣の腰掛けた。

『あの……。』
声のする方を振り向けば、前髪の奥から見上げる視線。

『コーコーセー、ですよね?』

『……ああ。』
それが、最初の会話だった。

目が合った次の瞬間、頬を染めた彼女が、

『ココ、よく来るんですか?』
と尋ねた。

『毎週来ているが、何か。』
俺の答えに喜色を浮かべた理由は、次の会話で判明する。

『あの、私……整骨院って初めてで、ちょっと怖いなって。どんなことするんですか?』
それで、足に貼られた湿布に気付いた。

曰く、学校の階段で転んで脛を打った───脛を庇って歩いていたら、今度は腰が痛くなった。

『高校生で腰痛とか……恥ずかしいよね。』
それを聞いたクラスメイトにこの整骨院を紹介されたのだと彼女は言った。

『俺はスポーツをしているから、腰痛が恥ずかしいとは別に思わない。』
思ったことを言ったまでだったが、途端に彼女の顔は曇る。

『あッ……。』
ごめんなさい、と小さな声。

『謝られることは何もない。俺は定期的にメンテナンスでここに通っているんだ。』
スポーツを続けるには身体の調整が不可欠なんだと続けると、ほっとした顔が俺を見る。

『そうなんだぁ、なんかスゴイね。』
なぜだろう、それだけで胸が動悸した。

わずかな時間の間にころころと表情を変える視線に、ついていけないからだろうか。
まるで走った後のように脈打つ胸、手の平にじわりと汗が浮かんだ。


『ねぇ、』

なんのスポーツやってるの?


聞かれて、バレーだと答えた。
気が付けば夢中で話していた。

確かに俺はバレーを重要に考えているが、だからといってこんな風に人に話したいと思ったことはなかったはずだ。
それなのに、なぜか止まらなかった。


診察順がまわってきて声を掛けられるまで、俺は話をしていたように思う。

『またね。』
手を振った彼女。

『あ、私ね。三日月ゆい。』
───ああ、まただ。
また、心臓が大きく跳ねる。


『……牛島だ。』

バレーの話をした時は饒舌だったというのに。
なぜなのだろう、発した声は上擦って掠れてしまっていた。


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