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■春待ち

「好きだ」と言った返事が「アハハ」だった。

それだけ。
それきり。
だから、今も───その先にある答えは知れないままだ。



『おー、さっすがエース!貰うねぇ。』

『若利、去年より多いんじゃねぇ?何個?』
その日が近づくと、周囲は自然と騒がしくなる。

バレンタインデー。
それが、女が男にチョコレートを渡して告白する日なんだということくらい、俺だって知っている。

だからといって、だ。

『で、可愛い子いた?』

『あ、ソレ!手紙入ってんじゃん!メアドとか書いてあんじゃねぇの?』
興味がない。
いや、持てないというべきか。

騒がしいのは、バレー部の中でも同じだった。
その日は練習を見に来る女子も多いし、部活の前後にはチョコレートを手渡す光景がそこここで見られた。
俺も、その日いくつかのチョコレートを受け取った。
多いとか少ないとか、周りにあれこれ言われたりするが、そんなことはどうでもいい。

移動教室から戻ったら机に置いてあるとか、部員の誰かを経由して渡されるとか、そんなこともしょっちゅうだから、いっそ断るのも面倒になってもらっている。
それだけだ。


封もあけずにチームメイトに渡してしまう俺を、「堅物」だとか「勿体ない」とからかう連中もいるが、興味が持てないのだから仕方がない。
女子に興味がないというわけではない、人が言うほどは俺だってきっと「カタブツ」なんかじゃない。

ただ───

(欲しい相手から貰えなければ意味がないじゃないか……。)
好きでもない女から貰うプレゼントなど、何の意味もない。
そう思うだけだ。



ゆいは、2つ年上の───所謂幼なじみだ。
家が近所で、母親同士が仲がいい。
だから、子供の頃はよく一緒に遊んだ。

学年は違ったが、小学生の頃は放課後一緒にバレー教室にも通った。
ゆいは小学校を卒業した時にバレーは辞めてしまったが、中学入試の時は勉強を見てくれたりもした。

バレンタインデーのチョコレートも、毎年ゆいから貰っていた。


けれど、
最後にソレを貰ったのは、中学1年の時。
高校生になったゆいは、俺にチョコレートをくれなくなった。

家は近所だし、学校は同じ一貫校の白鳥沢。
ゆいの姿を見かけることは多かったが、あまり話すこともなくなった。
今までと違う友達に囲まれているゆい、同じ学年らしい男子生徒と楽しそうに話すゆい。

その存在が遠くなっていくことを感じた時、俺は───自分の気持ちを理解した。


ゆいが好きなんだ。

ただの幼なじみじゃなくて、ゆいが好きだ。
ゆいの方が年上とか、そんなことは関係ない。

けれど、俺がそれをゆいに告げたのは、もっとずっと後のこと。


高校を卒業するゆいが、東京の大学に進学するんだと聞いた冬。
俺は、ゆいの家を訪ねた。

『珍しいね、どうしたの。』
驚いた様子のゆいに、「話がある」と俺は言った。

バレンタインデーの一週間前。
あの時俺は、少しばかり期待していたんだ。
もしかしたら今年は、ゆいからチョコレートが貰えるんじゃないかって。
ゆいと俺の関係が、もしかしたら変わるんじゃないかって。


だけど───

『好きなんだ、ゆいのことが。ずっと前から好きだった。』

『アハハ。』

『何故笑うんだ。』

『え、どうしてかなぁ。』
それきり、ゆいは何も言わなかった。
ただ笑顔だけを俺に向けて、けれど何も……言わなかった。


あの日以来、ずっと引っかかったままの気持ち。
だから、チョコレートなんてどうでもいい。

ゆいから以外は───欲しくない。


今年の2月14日は休日で、その分1日早くその行事は訪れた。
普段は寮生活を送っているが、翌日が体育館の調整日ということもあって久々の帰省。

よりによってこんな日に──寮にいた方がまだ、気分も紛れるというのに。
すっかりと暮れた帰り道、スポーツバッグに入りきらなかった菓子の包みを紙袋に詰め込んで、久しぶりの家路を歩く。


「お疲れさま。」
だから、

「めずらしいね、帰省?」
最寄りもバス停を下りたところでゆいに声をかけられた時。

その時は、自分の身に何が起こったのか一瞬わからなかった。


「あれ、もしかして……私の顔、忘れちゃった?」

「そ、んなわけ……ない…だろう。」
2年分、大人びたゆい。
少し痩せて、それに垢抜けて、その姿は───やっぱりどこか、遠い。
あの頃よりも遠い。

そんな気がして、急に胸が痛い。

「同じね、バスだったんだよ。背が高いからすぐわかった。」
2年前のことなんてまるで覚えてないみたいに、ゆいが笑う。

ぎゅうぎゅうと締め付けられる胸。
俺はこんなにも───息が苦しいのに。

こんなにもまだ、ゆいが好きなのに。


「家帰るんでしょ?一緒に帰ろ。」
ほんの3分か少し、それだけ歩けば互いの家に着く。
その道のりを、ゆいは楽しそうに話ながら歩く。

「春休みなんだ。えっと先週から。」

「2ヵ月もあるんだよね。だから超ヒマでさ、お正月帰ったばっかなのに里帰り。」

「でね、3月に友達とマレーシアに行くんだけど、私アジア料理好きだから楽しみなんだ。」

大学生になって、俺の知らない世界を沢山見て、ゆいはきっと遠くなった。
俺だけが───あの日に置いて行かれたままで、ゆいは遠くに行ってしまった。
懸命に告げた言葉さえ、ゆいはきっと……。


「あ、着いたね。」
何も言えないでいると、あっという間に自宅に辿り着いた。
ゆいの家よりも2角早く、俺の家に着く。

「じゃあ。」
と、ゆいは笑って。


それから、

そう、それから……俺の右手を塞いだ紙袋に、

「コレ。」
金色のリボンの掛かった包みを押し込んだのだ。

「いっぱい貰ったっぽいけどさ。」


少しだけ困ったみたいに眉を寄せて、ゆいは笑って、


「またね。」
小さく手を振ると、俺に背を向けた。



『私も ずっと 好きだったよ』


玄関のドアを開けて、部屋まで待ちきれずに手を伸ばした包み。
金色のリボンに挟まれて、小さなメモがあった。

バッグも何も放り出したままで、飛び出した玄関。
1つ先の角を通り過ぎた背中を追いかけた。


ほんの少しの距離なのに、すぐに息が上がる。
心臓の音がうるさい。

追いかけて手を伸ばせば、

「ゆい……ッ!」
白い息の向こうに、ゆいの顔。

触れた冷たい指先を、ぎゅうと力を込めて握った。


聞きたいことは沢山あって、言いたいことで胸がいっぱいで、どうしてとかなんでとか、2年分の気持ちが溢れ出して───

だけど、どれも言葉にならない。


「アハハ。」
あの日と同じ笑顔で、笑うゆい。


けれど、あの日よりも俺たちの距離はずっと近くて、触れ合う指先にゆいの体温を感じている。

俺は、
心臓の音が納まったら、俺はきっと言うから───


(もう一度……。)

ずっと好きだったって、もう一度言うから。
だから、今度こそ聞かせてほしい。


笑顔の先にある答えを、おまえの声で。


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