■キャロル 1
「あ─、もう真っ暗じゃん。」
「てか、さむッ!」
思わず肩を縮めた。
マフラーに突っ込んだ口元から漏れる息が白い。
高校2年目の冬。
友達と二人して通い始めた予備校は駅前で、バス乗り場までは多分3分くらい。
たったそれだけの距離だけど、寒いものは寒い。
だけど、こんな真冬にも元気な人はいるみたいで───
「ねぇねぇ、二人とも塾帰り?」
「その制服って女子校でしょ、可愛いね。」
なんて、遅くまでナンパとか!
マジでごくろーサマです、てか興味ないし。
「ちょっとだけでいいからさ、そこのマックで話そうよ。」
「別にちょっとじゃなくてもいいけど!」
返事をしない私たちを無視して、ナンパ男たちはワハハと大きな声で笑った。
多分、私たちと同じ高校生。
何が楽しいのか、全然わかんないけど。
「もうバス来るんで。」
目を伏せて、そう言った。
女子校だし、ぶっちゃけ男の子って慣れない。
中学の同級生には普通に男の子もいたけど、高校生になると急におっきくなるっていうか……正直、ちょっとだけ怖かったりもするよね。
「えー、なんで!いいじゃん、ちょっとだけ!」
「スミマセン、本当バス来るから。」
いざとなれば駅の方に交番だってあるし!と、友達の手を引いて歩き出した。
「なんだよ、ソレ。ちょっとだけって言ってんのにさ。」
「そーそー。俺らさ、ソコの伊達工の2年だし、同じコーコーセーじゃん?安心してよ。」
そんなこと、言われたって知らない、関係ない。
「行こ。」
執拗な呼びかけを無視して、頭を下げたままバス停へと向かうけど、
「待てよ!」
「ちょ、ヤダッ……!」
腕を掴まれて、慌てた。
その時だった───。
ドカッ!
っと鈍い音がして、私の腕を掴んだ男の子の手が離れた。
(え……!)
慌てて顔を上げると、前につんのめった彼が歩道に倒れ込むところだった。
「ってぇな!何すんだよ……ッ!」
振り返って見れば───男の子の後ろに、さっきまではいなかったジャージ姿。
薄い髪色と茶髪の男二人が、そこに立っていた。
「駅前で学校名出してナンパしてんじゃねぇよ、ダッセーな。」
ポケットに手を突っ込んだままで、倒れた相手を見下ろす茶色い髪。
どうやら彼が、ナンパ男の背中を蹴ったらしい。
二人とも背が高い。
185?ううん、190くらいあるかも?!
その迫力に、私まで気圧された。
「二口、てめぇ……ッ!」
フタクチ、それが茶髪の彼の名前らしい。
ジャージを見れば、緑色の文字で「伊達工業」と書かれていて……ナンパ男たちと同じ学校なんだと思い当たる。
蹴り倒された男が立ちあがり、もう一人が「フタクチ」君の襟をぐいと掴んだ。
「何、やんの?」
だけど、身長差がある。
それに、「フタクチ」君の横のもう一人……無表情だけど、すごい迫力!
「テメ……ッ!」
「いいけどさ。だったら、明日学校の連中に言っとくわ、ナンパした女に振られて惨めに追いすがってたって。なぁ、青根?」
口唇を歪めて、「フタクチ」君が笑う。
「……ッだと!」
相手の男が気色ばむが、
「もう、行こうぜ。」
蹴られた背中をさすりながら、もう一人がそう言った。
視線は「フタクチ」君たちを睨んだままだったが、結局襟を掴んでいた男も諦めたように手を離して……。
(良かった、喧嘩にならなくて……!)
背を向けた二人組に、思わずほっと大きなため息が出た。
だって!怖いでしょ、普通!
だけど、本当に助かったし───、
「あ、あの……!」
まずは、お礼!
そう思って振り返った、二人のジャージ。
それなのに、
「アンタもさぁ、ぐだぐだしてっから思わせぶりって思われんだよ。」
え?!
はぁ??!
って、何ソレ……!!
「はぁぁぁ───?!」
「ありがとう」より前に思わず、口を突いて出た。
「どういう意味!」
「そのまんまだよ。そんな短いスカートはいてフラフラして、ナンパされたいって思われてもおかしくないと思うけど。」
「フラフラなんて……ッ!」
予備校帰りだし!フラフラなんてしてないし!
スカートだって別に見せるためじゃないし……!
「行こうぜ、青根。」
「………!」
背を向けた二人。
「ちょっと……!」
慌てて呼びかけるけど、巨体の彼が僅かに振り返っただけで「フタクチ」君はまるで聞こえないみたいにスタスタと歩いて行ってしまう。
「な、なんなの!今の……!」
あまりのことに、助けてもらったことも忘れそうだった。
悔しくて、「ヒドイよね!」と友人に向かって発した声もつい大きくなる。
「あ、うん。」
「うんって!あの言い方、なくない?!」
ナンパ男は撃退できたけど、あんな言い方されて頭に来ない方がおかしい。
だって、まるで私たちが悪いみたいに……!
「だけど、さ。」
でも、友人の意見はちょっと違ったらしい。
「さっきの人、超イケメンだったよね。」
「は、えぇぇぇ───?!」
何ソレ!って、ますます大きな声が出て、慌てて口を塞いだ。
「イケメンって!そんなの見てないよ!」
なんだ、ソレ?!
イケメンだろうが何だろうが、あんな言い方ってないし、絶対超絶性格悪いよ……!
「ていうか、そんなのどうでもいいし……!」
声が大きいよと彼女に注意されるけど、やっぱり気が治まらない!
イケメンとか、そんなのって関係ない!
やっぱりムカツクし、絶対性格悪いもん……!
だから、イケメンとかそういうの、私は絶対認めない!
性格悪い男なんて、顔が良くても論外!
「でしょ!」
「そうかなぁ。」
「そうだよ!てか、バス!本当にもう来ちゃう!」
イケメンだから許されるとか、そんなの絶対ない!
女をバカにするヤツは女の敵!
あんな言い方されて、平気でなんていられない……!
それが、フタクチくんとの出会い。
ムカムカして、イライラする、本当に───最悪の出会いだった。
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