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■ひみつのはなし

「う──ん、なかなかない眺め。」
上機嫌で覗きこめば、そこにあった顔がぐっと眉を寄せた。

「まさになんとかの霍乱っていうか。」

「……ッるせ。」
明らかな鼻声と熱で上気した顔、オデコに貼られたヒエピタは私が強引に押し付けたものだ。

「ね、体温計鳴った?」

「……まだ。」
余程自信があったのだろうか、この家には体温計さえなかった。
鉄朗の家を一度訪れてから、私は薬局とスーパーをハシゴしてここに戻ってきた。


大学の部活が久々にオフだと連絡をもらったのは先週末のことだった。
3年間同じクラスだった高校時代とは打って変わって、互いに別々の大学に進学した4月。
待ち合わせてデートすることにも慣れた中での出来事だった。

新作の映画をチェックして、寒いけどイルミネーションもいいなとスマホで検索した。
それが───この有り様。

風邪でダウンしたと鉄朗が寄越した電話の声は掠れていて、いつもの調子はどこへやら。
『悪いな』なんて殊勝な声を聞かされては、私のすべきことは決まっている。

ねぇ、ホラ。
嬉しいでしょ、愛されてるって感じで。


「さんじゅう……はち、ど。」

「38度!高熱じゃん!」

「……ゆい、頭響く。」

「あ、ごめんごめん。」
真っ赤な顔に納得。

「あー、コレ医者行った方がいいんじゃない。」
そう言ってポカリのペットボトルを差し出すと、

「……いや。」
ゴクリと喉を鳴らしてから、鉄朗がため息をついた。

「近所の病院、日曜休みだし。」

「そっか。」
なんと、クリニックの休診日までチェック済とは……それってよっぽど弱ってる証拠。
だってさ、高校3年間、鉄朗が風邪を引いたのって見たことないもの。

「じゃあ、明日熱が引かなかったら病院だね。」
とりあえず、と市販薬と栄養剤を薬局のビニール袋から引っ張り出して、

「ゴハン、食べたら薬飲んでよ。」
そう言って珍しく下りたままの前髪を引っ張ってみる。


「ふふ。」

「何笑ってんだよ。」

「うん、だから……やっぱりヒミツ。」
なんだよって鉄朗がせっつくけど、やっぱりヒミツ。
ヒミツはヒミツ。

だってさ、ちょっと言えないじゃないですか。

弱った様子がかわいー

なんて!

でも、思っちゃう。
鉄朗のこと知ってる人に言ったら「どこが?」なんて呆れられそうだけど、でも可愛いんだもん。
熱でぼーっとした表情も、動くのさえ億劫って様子の緩慢さも、滅多に見られないその全部が──なんか嬉しい。
そんなの、風邪で辛い本人には一番言えるはずがないんだけど。


「おまえ、なんか楽しそーだな。」
だけど、そんな私の気分なんてやっぱり鉄朗には伝わっていて、

「え──?」

「さっきから、ニヤニヤしてんじゃねぇか。」
それがまた、なんだか可笑しくて笑う。

「……そうやって、からかってろよ。」
覚えてろ、なんて声を背中に聞いてワンルームの隅にある冷蔵庫を開けた。


さっき買ってきたばかりの食材。
たまごにお出汁、酒、みりん、隠し味にオイスターソースを入れるってクックパッドに書いてあった。
彼女の手作りのたまご雑炊。
これだったら、食欲なくても食べられるでしょ!

ああ、本当。
ニヤニヤが止まらない。
彼氏が風邪で弱ってるっていうのに、私ってばもしかして悪い女かな?



「あ、」
できたよと声をかけようとして覗きこんだベッド。
起きていたはずの瞳はいつの間にか閉じていて、代わりにうっすらと開いた口許。

「ね、ちゃった……?」
枕で頭を挟んだ独特な寝姿じゃないソレに、そっと呼びかけてみるけど、囁く声はどうやら届いていない様子。
すぅすぅと穏やかな寝息だけが返ってきた。


まだ赤い頬、きっと熱がある。
だけど、眠れたならよかったななんて、そっと足音を忍ばせる。

ソファーの上で足を抱えて、そっと息をついた。


「起きたらあっためて食べてね」とテーブルの上の走り書き。
その横に栄養剤を添えてみる。
うんうん、なかなか気が利く感じ。

明日の朝、またお見舞いに来るね。
そう、フルーツか何か買って。


抜き足差し足、たどり着いたドアを合鍵を回して閉める。

帰り道のターミナル駅は、きっとイルミネーションと人だかり。
だけど、一人だって平気。

寒空のデートよりも、だって貴重な一日。


常にないアナタの姿。
弱った様子なんか滅多に見られないもの。


今日、彼の一番近くにいるのが私で良かった───素直にそう思えるのは、やっぱりアイの為せるワザ、かな!


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