■パズルな恋愛論 7
授業の終わりに届くラインとか、昼休みに待ち合わせして一緒に食事を取るとか───
放課後の約束、帰り道の電話、「おやすみ」の絵文字。
たまらなく心を浮き立たせるそれらを、何と呼ぶべきだろうか。
「あかあーしッ!俺に上げろッ!!」
背中から大きな声、体育館の床を蹴るシューズの音。
大きく空気が裂かれる音がして、次の瞬間ボールは相手コートに叩き込まれた。
「ナイス、木兎──ッ!」
「なははは、やっぱり俺ッ!最強!」
正直に言えば、わだかまりが残るんじゃないかと心配だった。
チームプレーで、しかも繋ぎが命のバレー。
もしもそんなことになれば───俺は、ここにいられなくなるんじゃないか。
けれど、そんな不安さえ、
「な、赤葦!今の見た?!」
この人は易々と薙ぎ払っていく。
「……ええ、まぁ。」
「んだよー、たまにはノッて来い!」
「だはは!しょげんな、木兎!」
「お──、もう一本決めっから見てろよ!」
シューズの音、汗のにおいと息づかい。
熱い空気は、変わらずそこにある。
ここが、俺の居場所。
大切なこの場所を与えてくれるのは───、
「木兎さんッ!」
「まっかせろォォ───ッ!」
ダンッ!と大きくボールの跳ねる音。
「ヤッベー、今の超決まった!な、赤葦!」
変わらない場所を与えてくれる、掛け替えのないひと。
木兎さんは、今日も豪快に笑う。
「ナイスです。」
「だろ?だろだろだろ?マジ最強!つーか、誰にも負ける気しねェ!」
3枚ブロックをモノともせずに打ち抜く腕が、俺の肩を抱いた。
「……そうですね。」
「本当に最強ですね」と返した俺に、一瞬だけ目を見開いて、
「なんだよー?照れるな、赤葦に褒められると!」
にかっとまた笑顔になる。
だけど、実際そうなのだ。
最強で最高の相棒、尊敬する先輩。
あなたはいつだって俺の戸惑いを打ち砕いて、新しい世界を見せてくれる。
あの日もそうだった。
部活が始まる少し前、
『おう!』
部室で見た変わらない笑顔に、思わずビクリと肩が跳ねた。
『今日も張り切ってくぞー!』
勢いよくロッカーをあけて、鼻歌交じりにシャツを脱ぐ背中。
その背中が発した一言。
『赤葦、俺さぁ!ゆいにフられたわ!』
『………ッ!』
どんな顔をしているだろう。
気になるのに、振りかえれなくて───
覚悟なんてとっくに決めたはずなのに、継ぐべき言葉が見付からない。
だけど、そんな俺の肩を───あの人の腕が抱いた。
『も、チューとかした?』
『なッ……!』
ニシシと白い歯を見せて笑う顔がそこにあって、
『したら、教えろよー!』
とまた豪快に笑う。
『い、言えるわけないじゃないですかッ、そんなの……!』
その時、他の先輩たちが部室に入って来て、
『なぁなぁなぁ、赤葦さーゆいと付き合ってんだって!』
『え、マジで!』
『いや、でも怪しーと思ってたわ!』
『やるなー、赤葦!』
なんて、もみくちゃにされた。
それを───木兎さんは笑って見てた。
『スミマセン……。』
二人きりの自主練はその日もあって、木兎さんは何本も俺のトスを打ち込んだ。
何本も、何本も、だけど、いつもと変わらないみたいに。
練習を終えてボールを集めながら、俺は頭を下げた。
言い訳なんて何もないし、だけど抜け駆けしたみたいだとか木兎さんから横取りしたみたいだとか、そんな罪悪感が本当はあった。
だから、それしか言えなかった。
『何が?』
『……ッその、』
三日月さんのことですと、俺が言うよりも早く───
『ゆいのことさ、幸せにしてやってくれよな。』
木兎さんはまた───笑ったんだ。
俺はこの人には敵わない。
どんなに必死になったって、無茶したって届かない。
笑顔から零れる白い歯に、胸の奥がジンとなった。
『なんかさ、おまえらお似合いだなって!思ったわ!』
ありがとうございますとかすみませんとか、色んな言葉が頭に浮かんで、だけど喉の奥でつっかえたまま。
俺はまだ、ちゃんと自分の気持ちを木兎さんに伝えてない。
その日の部活終わり、当然「自主練!」と言い出すかと思った木兎さんは、皆と一緒に練習を切り上げた。
「木兎さん……ッ!」
「おー。どうした、赤葦!」
「今日、練習は……?!」
慌てて後を追えば、首を傾げる姿。
「あれ?おまえ、もしかして聞いてないの?」
「何をですか?」
驚いたのはその後だ。
「今日ゆいと3人でメシ食おーって言ってたんだけどな。ゆいから聞いてねぇ?」
「えッ……。」
だけど、部室のロッカーの中のスマホを見れば確かに───
『明日光太郎のウチ、ご両親が留守なんだって。3人でゴハンしよ。』
とゆいさんからのメッセージ。
昨晩受け取っていたはずなのに、間抜けな話だ。
「おまえー、俺のことだからって忘れんなよッ!」
木兎さんに腕を叩かれて、今度は違う意味の「スミマセン」を言うことになる。
それから、
「赤葦くん!光太郎も、お疲れ!」
校門前で待ち合わせれば、冬空の街灯の下で三日月さんが笑う。
「“も”ってなんだよ!ひでぇな!」
「えー、だってさぁ……。」
ヒドイと言いながら木兎さんも笑顔で、そのことにほっとする。
結局、
「なんだよー、寄り道かー?」
「メシ行くの?んじゃ、俺も──。」
なんて木葉さんたちも合流して、連れだってファミレスに向かった。
授業の終わりに届くラインとか、昼休みに待ち合わせして一緒に食事を取ること。
放課後の約束、帰り道の電話、「おやすみ」の絵文字。
ドキドキと高鳴る胸と弾む毎日。
だけど、もっと眩しい時間がここにある。
「小見のからあげうまそー!」
「ちょ、木兎!手ェ出すな!自分の肉あるだろ!」
「ちょっと、二人とも……静かにしなよ。」
「あ、でもゆいのドリアもうまそーだな!」
「もー、だったら自分も頼めばいいじゃん。」
三日月さんがいて、木兎さんもいて、先輩たちもみんな───ここにいる。
「なー、赤葦。ドリアとグラタンならどっちがいいと思う?」
ここが俺の居場所。
一番好きな───落ち着ける場所。
賑やかで、明るくて、時に下らない、そんな場所が……好きなんだ。
2時間半も長居したファミレスを出て、
「三日月さん、家まで送ります。」
「ちょッ……!いやいや赤葦、俺いるんだけど?!」
伸ばした手で三日月さんの指先を掴むと、木兎さんが顔を赤くする。
「おー、送ってけ送ってけ。つっても木兎が相手じゃ心配する必要ないと思うけどな。」
先輩たちはそうからかうけど、
「心配ですよ。」
「えッ……!」
驚いた顔が一斉に俺を見る。
だけど、もう───戸惑ったりしない。
ここが俺の居場所、ちゃんとわかってる。
「木兎さん、格好いいから心配なんです。」
「……んなッ!赤葦!照れる!本当のことでもマジ照れるから!」
「んなわけねェだろ」とか「赤葦が木兎を褒めるなんて、明日は雨だ」とか、口を揃えて先輩たちは言うけど、そんなことない。
「本当のことですよ。」
三日月さんが微笑む気配を隣に感じて、俺も笑った。
そう、全部本当のことです。
木兎さん。
あなたは、俺が一番尊敬する先輩で、最高に格好いいひとです。
───心から、俺はそう思ってますよ。
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