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■パズルな恋愛論 5

『木兎さんじゃなくて、俺のこと応援しにきてもらえませんか。』
なんて、我ながら大胆な言い方だったと思う。

あの時、自分の中に渦巻いていた感情。
苛立ちのような、焦りのような、もどかしくて息苦しい───感情。


三日月さんは、その場で返事はくれなかった。
「誘ってくれてありがとう。予定を確認してみるね。」と、少し困った顔をしてはにかんだ。

けれど、文化祭の前日───
偶然に廊下で会った三日月さんが俺に手を振った。
途端に、胸に走る緊張。

『試合、全部は見られないかもしれないけど。』
ドキドキとうるさいばかりだった胸が、喜びに弾む。

実行委員の仕事を手伝うと言ったのは、自分からだった。
試合の見学のために急いで仕事を終わらせると言ってくれた三日月さんに、俺の方から申し出た。

三日月さんはそれを断ったりはしなくて、それどころかその場でラインのIDを交換してくれた。
木兎さんの後輩としてじゃなく、彼女と直接つながった瞬間。
あの時、俺は───これは恋なのだとはっきりと自覚した。

ラインの返事が遅いとか、スタンプしか返ってこないとか、下らないと思っていたクラスメイトたちの悩みが、今ならよくわかる。
「おはよう」とか「おやすみ」とか、そんな当たり前の言葉が嬉しい。
「受験勉強は捗ってますか?」と送ったメッセージに、キャラクターの泣き顔が送られてくるとなんとも言えない浮かれた気分になる。

(好き、だ……。)
自覚してしまえば、感情というものは単純だ。
膨らんでいく気持ちを抑える方法など、ないも同然だった。


だけど、気になっていることもある。

文化祭の日、試合前の体育館。
2階にあるフェンス越しに三日月さんを見つけた時、嬉しいよりも先に思い及んだ事実。
俺は───木兎さんに隠し事をしている。

三日月さんと連絡を取り合っていることを木兎さんには言っていない。
そのことがなんとなく後ろめたい。

木兎さんを見れば、いつもの如く気合十分でおかしなところは別にない。
きっと木兎さんの彼女も試合を見に来ていて、それで余計に張り切っているのだろうと自分なりに解釈した。

そうだ、木兎さんには彼女がいる。
だから、俺が三日月さんとどうしようが関係ない。
そう思うことにした───思おうとした。


試合は、親善試合の名目以上に白熱したものになった。
音駒高校とは普段から練習試合を頻繁に行っているし、そのおかげでお互いをよく知っている。
取って取られてを繰り返して、ラストは木兎さんのストレートで勝負がついた。

いつもの通り「最強!」と木兎さんのテンションは最高潮で、体育館も盛り上がった。
だけど、なんとなく───俺は乗れない。
その後の打ち上げでも、つい木兎さんの近くを避けて音駒の孤爪の隣に座った。

俺が、三日月さんを好きだって言ったら、木兎さんはどう思うんだろう。
面白がって冷やかすだろうか、あるいは……

「あ、」
ポケットの中で震えたスマートフォン。

「メール?」

「あ、うん。多分。」
孤爪に聞かれて頷いて、もしかしてと期待して画面を覗く。

『試合結果、聞いたよ!2セット目の途中までしか見られなくて残念』
スタンプ付きで送られてきた文字に、ドキンと胸が跳ねて───戸惑う気持ちは一瞬で消し飛んだ。

三日月さんが見に来てくれた。
三日月さんが応援してくれた。
試合結果を喜んでくれた。

それが、嬉しい。
素直な気持ちだった。


知るほどに、想いは大きく膨らんでいく。

同じだけ、欲張りになる。
三日月さんも───俺と同じであればいいと、木兎さんよりも俺を見てほしいと願ってしまう。

胸いっぱいに膨らんで、頭の中を埋め尽くして、いつだってその人のことを考えるようになって……だから、この想いが溢れてしまったのは、必然の結果だったのかもしれない。


「あの……!」
その日、俺は部活へ向かうために体育館に続く渡り廊下を歩いていた。
いつもの時間、いつもの行動。

それが、少しだけ「いつも」と違ったのは、通り道を塞いで一人の女の子が立っていたことだった。
1年生かな、と上靴のラインを見て、そのまま、その子の脇を通り抜けようとした。


「え?」
呼びかけられて足を止める。
そこに、真っ赤な顔があった。

「あの!私……!」
手には薄いピンクの封筒。
恥ずかしそうに頬を染めて、「読んでください」と差し出されたソレに、「マンガみたいだな」なんてどこか他人事みたいに思った。

「前に、試合見て……ずっと憧れてました!もし、良かったら……ラインのID書いてるんで、その……連絡、ください!」
それだけ言って、俺の手に封筒を押しつけて、女の子は逃げるみたいに走り去った。

なんだ、コレ。
いや、なんだってことないよな。

だけど……

生憎と知らない女の子の手紙に喜べる性格じゃない。
けれど捨てるわけにも行かない手紙を、手にしていたスポーツバッグに押し込んだ。

その時だった。


「見―ちゃった!赤葦、やるじゃん!」
校舎側から聞こえた声に顔を上げると、にやけ顔の木葉さんが軽い足取りで歩いてくる。

「何、今の子って1年?けっこー可愛かったじゃんな。」

「……別に、」
言いかけて、見返した木葉さんの後ろ。
きっと木葉さんと一緒にいたのだろう、渡り廊下の入り口に困ったように顔を傾げた三日月さんがいた。


「部活、先行ってください。」

「え、あ!おい、赤葦!」
気が付けば、足が自然に動いていた。
木葉さんとの会話もそこそこに、俺は駆けだしていた。

また、頭の中が三日月さんで埋め尽くされていく。


「三日月さん……!」

「え、あ……っと、ゴメン。なんか、見ちゃった……ていうか、木葉がさ。」
駆け寄ったその人は、戸惑うように少しだけ眉を寄せて笑った。

この瞬間に胸に渦巻く気持ちを、俺は上手く表現することができない。
焦りとか戸惑いとか、だけど少しの優越感とか、いろんな感情がない交ぜになって───けれど、三日月さんが発した一言で、ぐるぐると出口を失っていた感情が、爆ぜた。

「だけど、確かに可愛い子だったね。」
何気ない一言だと思う。
深い意味なんてないし、木葉さんの言葉を継いだだけで多分何かを伝えるために発せられた言葉じゃない。
わかっているのに、ちゃんとわかっているのに───溢れ出す感情を留めておくことができない。

好きなんだって、ずっと抱えていた気持ち。
その気持ちを否定されたみたいな気がして、胸が苦しい。


「……ッ!」

「ちょ、っと!赤葦くん……!」
初めてその人の手に触れた。
激情のままに。

三日月さんの手を引いて、廊下を歩いた。
戸惑う声を背中に聞くのに、足を止めることも手を離すこともできない。
放課後とはいえ校舎内にはまだ生徒の姿もある。
幾人かが俺たちを振り返るが、構わなかった。


そこに行こうと思って歩いてきたわけではなかったが、気が付けば人気のない教室の前まで来ていた。

「……部活、遅れちゃうよ。」
困ったように見上げる眼差しに、胸が詰まる。

そんな顔をされて、俺はどうしたらいい?
だって、三日月さんはきっと───望んでない、俺の気持ちを聞くことを。

「……スミマセン。」
さっきまで俺の手に触れていた細い指先。
握る手を緩めれば、その体温はあっさりと遠ざかって、俺はただ……俯くしかできない。

バカみたいだと思う。
好きだからって、何をしていいわけじゃない。

(ただでさえ、横入りしたようなものなのに……。)
三日月さんの好きな人は、他の誰でもない木兎さんで、俺はそんな彼女の気持ちを横取りしたくて割り込んだだけの───ただそれだけの存在かもしれないのに。

それでも、
それでも好きなんだ。

だから、どうせ諦めるのならばちゃんと───


「すみません、勝手なことをして。」
ちゃんと、

「けど、俺の……俺の好きな人は他にいるんで、あの子と付き合うとかは考えられないです。」
ちゃんと、三日月さんに振られたい。

三日月さんが欲しい。
だけど、手に入らないのなら───その人の言葉で、俺の気持ちを否定してほしかった。


「俺は、三日月さんが好きです。」
押しつけかもしれないって、こんな言い方はワガママだって、わかっているけど……それでも、三日月さんの言葉で終わりにして欲しかった。

「だから、そんな風に言うなら……俺に興味ないって、今ハッキリ言って欲しいです。」


その時、俺を見た三日月さんの瞳に映るのは、驚きでも逡巡でもなかった。
まっすぐに見返した眼差し───。

これで終わりかも知れない。
だけど、今───確かに向き合えたはずだと、心はそう感じていた。


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