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■愛を込めて花束を

「ねぇ、本当にどこもヘンじゃない?」
ワンピースの襟を直しながら問いかける横顔。

「ヘンじゃねぇよ。」

「本当?」

「ああ。」
そう答える俺に、

「もしかして、面倒くさいヤツとか思った?」
とゆいが聞くけど───実際は逆だ。

「そんなワケねぇ。」

「え?」

「だから、」
新幹線の改札口に向かって歩きながら、横を歩くゆいの手を取った。

「思うワケねぇだろ、面倒なんて。」
繋いだ手を引き寄せれば、ゆいの笑う気配。
少しだけくすぐったくて、だけど嬉しい。

「うん。」
ぴったりと寄り添う身体にジワリと胸に広がる暖かな気持ち。
面倒なんてまったくの反対、俺は───今、この瞬間が楽しくて仕方がない。


「わ、広いんだ。そうだよね、仙台だもん。」
一人納得したように言って、ゆいが辺りを見渡す。
仙台に来るのは初めてだというゆい、俺自身にとってもこの駅に来るのはほとんど1年振りだった。

「こっから乗り換えな。」

「うん。」
キョロキョロと珍しそうに視線を巡らせていたゆいが、俺を見上げた。
仙台駅から在来線に乗り換えて30分、そこに俺の生まれ育った街がある。


「荷物、持つか?」

「あ、でもなんか……。」
東京から仙台までは、新幹線で1時間40分。
ゆいの手には小さなバッグと紙袋1つだけだ。

「いいって。」
遠慮するゆいの手から紙袋を受け取って歩く。
繋いだ左の手は───そのままで。

紙袋の中身はバウムクーヘンで、冬限定のチョコレート味なんだと確かゆいが言っていた。
手土産の中身をあれこれと悩む姿が嬉しくて、どうしようもなく幸せな気分になったものだが、それはゆいには言っていない。
(柄じゃないって笑われそうだから止めた。)

「ここからどのくらい?」

「30分……はかかんねぇけど、そっからバスでまた……。」
言いかけて、

「タクシーで10分ちょっと。」
バスをタクシーと言い直す。
いい年をした男が彼女を連れて帰るのに、それがバスというのは少しばかり情けないと思ったのだ。

そう。
今日、俺は───ゆいを連れて、宮城の実家へと帰省する。
言うまでもなく、結婚の報告のためだ。


都心のレストランのテーブルで、「結婚してほしい」とゆいに告げたのはひと月ほど前のことだ。
ボーナス前の厳しい時期だったが、奮発してゆいの好きなブランドでアクセサリーを買った。

『コレ、一人で買いに行ったの?』
と聞き返したゆいは、そんなハズはないとお見通しだったようで、その通り───アクセサリーを選んだのも、プロポーズの店を見つけてきたのも、俺の古すぎる悪友、及川だった。

隠しても見破られるのは明らかで、それを正直に白状すれば、

『よかった、ちゃんとハジメくんで。』
とゆいが笑った。

そんなゆいが好きだと、心から思う。
茶化しながら、いつも朗らかに、俺を受け入れてくれるゆいだからこそ───これからも一緒にいたいと思った。

絶対に手放したくないと、思った。



「あ、」

「なに?」
人のまばらな昼間の電車に揺られて、窓の外を眺める。
川沿いの土手を走るジャージ姿に、思わず声が出ていた。

「や、土手ラン。」

「高校生?」

「おー、多分な。」
ジャージ姿の学生が川添いの土手を走る様子に、甦るのは10年前の風景。

俺も、この道を走った。
何度も何度も、毎日毎日、夕方の部活で、数え切れないくらい。

「懐かしい?」

「どうかな……うん、まぁ、そうかもな。」
あの頃と、そう変わらないはずの景色。
冬枯れの草も、太陽の光を反射する川の水面も。
それでも、遠い日々は懐かしく、胸に揺れる感情はやはり郷愁だった。

「なんか想像つくなぁ。」

「え?」

「だから、ハジメくんの高校時代。」

「なんだよ、ソレ。」
なんとなく気恥ずかしくて、ついぶっきらぼうな言い方になるけれど、それを気にするゆいじゃない。

「えー、だって。どうせ、及川くんのことどついたりしてたんでしょ。」
川沿いを眺めていた視線を今度は俺に向けて、可笑しそうにゆいが笑う。

「アイツが悪いんだけどな。」

「アハハ、言うと思った!」
勤め先の同僚として知り合ったゆいだが、及川とは当然のように何度も会っている。
「岩ちゃんには、こんな可愛い子もったいないよ!」と何度も繰り返す及川にも、ゆいはいつも笑ってくれた。

いつも下らない及川だが、それだけは的を得ていると秘かに思っている。
ゆいは───俺には勿体ないくらい、イイ女だ。

華やかな外見で、社内でも狙っている男は多かった。
気も口もよくまわるゆいが、色恋に疎い俺を選んだのだって不思議だ。
これから会う両親だって、俺がこんなにも垢抜けた相手を連れてくるなんてきっと想像していないだろう。


「もうやらないの、バレー。」
大学まで続けたバレーは、就職を期に遠ざかって久しい。
今はもう、ボールに触れることさえなくなっていた。

「……そうだな。」
減速していく電車が、駅へと滑り込む。
懐かしい街まで、あと一駅。

「落ち着いたら、またやるか。」
ワンピースの膝に置かれたゆいの手をぎゅうと握る。

「おまえと結婚して、子供とかできて、家買ったりさ、それで……落ち着いたら、またやるかな。」
変わらない景色を映す車窓に、未来を夢見る。

この景色を、これから何度もゆいと見るんだ。
夫婦になって、子供を連れて、盆に正月に、そうやって帰省するたびに何度も。
懐かしいだけと思った景色の中に───気が付けば、広がる未来。


「じゃあ、体力落とさないようにしないと。」
ゆいが笑う。

「おう、明日から走るか。」

「いいかも、私も走ろうかな。ホラ、ドレス綺麗に着たいし。」
弾む声が嬉しくて、頷いた。


駅名を告げるアナウンス。

「あ、ヤバ。緊張してきた!」

「んな必要ねぇって。」

「無理。ていうか、ハジメくんだってウチ来る時緊張してたじゃん!」
緊張すると言うけれど、ゆいは相変わらずの笑顔。
気が利いて、明るくて、よく口のまわる俺の自慢の彼女。

そのゆいと新しい一歩を踏み出すんだと思ったら、たまらなく清々しい気分だ。


「もう着くぞ。」

「うん。」
握りあった手の平。

手をつないで電車に乗るなんて、なんだか学生みたいで照れくさい。
けれど、今はそんなこそばゆささえも嬉しくて。


「ゆい。」

「うん?」
また、溢れる想いを噛みしめる。
再び減速を始めた電車に、気が付けば笑みがこぼれていた。


今、懐かしい街に帰ってきた。
新しい扉を開けるために、新しい日々に向かうために。
大切なひとと一緒に、この街へ。

ゆい、一緒に来てくれてありがとな。
俺と一緒にいてくれてありがとな。



それから、これからも───


「これからよろしくな。」


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