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■パズルな恋愛論 2

木兎さんが出し忘れたという部費に関する書類を、職員室に提出に行った。

別に嫌だとは思わない。
こんなことは日常茶飯事だし、第一そのために俺が副主将をやっているようなものだ。

バレーの腕だけは一流で、主将の仕事も勉強もテンションのコントロールまでも不得手な木兎さんをサポートする役目。
副主将決めの時、互いに押し付け合いになった3年生の誰かが、「赤葦でよくねぇ?」と言ったのがきっかけだった。

『お、いーじゃん!赤葦のトス、めっちゃ打ちやすいし!それで決定!』
木兎さんがそう言って、それで決定。

副主将とトスは関係ない。
まったくもって関係ない。
そう思ったけれど、なんとなく木兎さんの一言が嬉しくもあって、どうせ逃げられないのだからと了承した。

木兎さんの代理も部の雑用も、嫌じゃない。
主将をサポートするのが俺の役目で、エースが一番打ちやすいトスを上げるのも俺の役目。
その場所の居心地は、決して悪くはなかった。


職員室からまっすぐに体育館に向かう廊下は、時節柄賑やかだった。
3階建ての校舎のどこも、きっと同じ状況だろう。

文化祭の準備は大詰めで、クラスに部活の出し物と皆準備に追われている。
ペンキの缶に看板用の木材に紙テープ、衣装を作る為の布、平素なら見かけないあれこれが校舎内の雰囲気を浮き足立たせていた。

そこを歩きながら、自然、探してしまう人の姿。


「あ、赤葦くん。」
背後からかけられた声に、思わず胸が跳ねた。
注意して歩いていたはずなのに、後ろにいたなんて……予想外だったから。

「……三日月さん。」
制服のスカートの腰にカーディガンを巻き付けて、手にはバインダー。

「お疲れー。何?またおつかい?」

「あ、はい。書類、木兎さんが出し忘れて。」

「もー。ダメだな、光太郎は。いつも大変だね、赤葦くん。」
アハハと明るく笑う顔を見ると、なんとなくほっとする。

ほっとする、なんておかしいだろうか。
第一に、余計なお世話だ。
三日月さんが───傷ついてるんじゃないかって、それだって思い込みかもしれないのに。


「三日月さんは、実行委員の仕事ですか?」

「うん、そう。進捗チェックして、これから先生に報告。」
生徒主導の文化祭を謳う梟谷では、各クラスから2名選出された実行委員が運営を担う。

「受験生なのに、大変ですね。」

「まー、あと2週間だけどね。」
3年生にとっては、最後の大仕事でもある。
文化祭を終えた後はまさに受験一色となるというのもあって、3年生のクラスの展示は特に気合いが入るというのが通例となっているらしい。

「バレー部は、親善試合するんだよね。」
部活単位で展示を行うところもあるが、運動部の内いくつかは「親善試合」を出し物としている。
バレー部もそうだった。

「はい。まぁ……顧問に任せっきりになっちゃってますけど。」

「いーよいーよ、だって春高もあるじゃん。全国出場チームの試合があるってだけで十分盛り上がるし。」
バレーの強豪校である梟谷にとって、文化祭の親善試合は注目イベントの1つだ。
特に、木兎さんは全国屈指のエーススパイカーだと知られているし、校外からの見学も多いだろうと以前から話題になっていた。

だけど、気になることがある。

「あの、」

「え?」
迷って、けれど結局聞いていた。

「三日月さんは……見に来ないんですか。」

「え、あ──試合?文化祭の?」
以前はよく見に来ていた練習も、最近は見かけない。
文化祭の仕事が忙しいだけじゃないと、俺は思っている。
思って、ずっと気になっていた。

「……どうかな、実行委員の仕事もあるし。」
曖昧に笑う、口唇。
探るようになってしまった俺の視線から逃れるように、三日月さんが目を逸らせた。

不躾な視線だと、我ながら思う。
だけど、三日月さんが隠した感情を知りたくて───


「………。」
三日月さんは、木兎さんが好きなんですか?
木兎さんに彼女が出来たから、体育館に来なくなったんですか?

半ば確信に近いそれは、けれど言葉に出すことはできない。
黙り込んで、つい見つめる形になった俺に、三日月さんは少し困ったような笑顔を向けた。

「あ、ホラ。赤葦くん、部活は?」
この話題を終わらせたがっているのだと、すぐにわかった。
だけど、終わらせたくないと思ってしまう───理由。

胸の奥につかえた灰色。
苛立ちと焦りと歯がゆさと、得体の知れない感情の塊。


本当は、知らなかったわけじゃない。
気付いているのに、見ないフリをしていた。

とっくに───本当は、とっくに気付いていたこの気持ちの、正体。


「あの、」
あと2週間で文化祭。
木兎さんは出来たばかりの彼女とまわって、体育館にだって彼女が応援に来るんだろう。
それできっと、三日月さんは試合を見には来ない。

来ないなら、会えない。
会えなくて、文化祭が終われば三日月さんはもっと遠くなって───

「あの、俺……。」
そう思ったら、認めざるを得なかった。
目を逸らしていた自分の気持ちを、知ってはいけないと思っていたこの感情の正体を、俺は……認めるしかなかった。

「俺も試合出るんで、見に来てもらえませんか。」

「え、」

木兎さんの隣にいるその人が、ずっと気になっていた。
木兎さんに向けられる屈託のない笑顔や少し辛辣な物言いが、羨ましかった。

少し苦しいだけだったその気持ちは、木兎さんに彼女が出来てもっと苦しくなった。
三日月さんが木兎さんを好きなんだって知ってしまったから。
うっすらと感じていた三日月さんの気持ちを、確信してしまったから。


きっと最後のチャンス。
なぜかそう思えて、踏み込んだ一歩。

後戻りできなくなっても、もう構わない。
傷つく覚悟くらい、もう出来てる。
そう思ったら、言葉が出ていた。


「木兎さんじゃなくて俺のこと、応援しに───来てもらえませんか。」



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