光を掴む
久しぶりの港に着いた。
クルー達は思い思いの場所に足を運び、長い船上生活での疲れを癒していた。
買い物をするもの、酒を飲む者、博打をするもの、女を買うもの…。
自分のしたいことを思いっきりしているクルー達の晴れやかな顔を見ていると、レッドまで気分が良くなるようだった。
「よぉ!」
「あぁ、ブラック、もう用は済んだのか?」
「お前の方こそ、なんにも買ってないじゃねぇか」
ブラックはレッドの体の匂いを嗅ぐと、驚いたように言った。
なるほど、ブラックの方からは、女物の香水のきつい匂いが漂ってきた。
「生憎、欲しいものがないんでね」
「レッド…、お前って、変な奴だよなぁ」
ブラックはニヤニヤと笑うと、レッドの肩に腕を回してきた。
「まぁ、酒でも飲もうや、キャプテン」
「奢りは無しだぞ」
レッドがすかさず言うと、ブラックは「けち臭ぇな」と言いながら、レッドの肩を叩く。
そのまま二人は酒場までの道を辿ろうとした。
「…?どうした?」
急に立ち止まったレッドに、ブラックは訝しんだ。
「……あれは…?」
ブラックがレッドの視線を辿ると、その先の薄暗い路地に、人影が見えた。
「あぁ、身売りだろ、つまり、娼婦ってやつだ」
「………」
レッドは薄暗い路地から視線を外せずにいた。
ブラックの声が後ろから聞こえた気もしたが、そのまま路地に入っていった。
路地には膝を抱え、蹲った女がいた。
レッドが近づくと、女が顔を上げた。
その女の容姿にレッドは息を呑んだ。
緩やかにウェーブがかかった長い漆黒の髪。
大きな黄金の瞳にはどこか鷹のような鋭さを感じた。
「……っ…、君は……」
その姿が余りにも、自分から全てを奪っていった、そして、自分がこの手で墜落させた漆黒の鷹に酷似していて、レッドの中にどす黒い感情が芽生えた。
漆黒の彼と対峙したような感覚がレッドを襲う。
「…っ助けて…!!」
絞りだしたような女の言葉に、レッドの中に芽生えた感情が一瞬間のうちに無くなっていった。
彼女は憎かったあの強い鷹のような姿で、自分に弱さを見せた。
彼女は彼ではない――…
「…君は、娼婦じゃないのかい?」
我ながら、失礼な質問だと思ったが、驚きから自然に言葉が出てきてしまった。
「そんなわけない…っ、売られたの…私、このままじゃ…」
「おい、レッド、何やってん…」
レッドの後を追ってきただろうブラックも、彼女を見て息を呑んだ。
「早くしないと、私を買った男が来るわ、あいつ、私を薬漬けにするって…」
彼女は言いながら、目に涙を溜めていた。
声が…、体が震えている。
彼女の足には足枷がはまり、それが鉄のパイプに繋がっていて逃げられないようになっていた。
「わかった、僕が君を自由にしてあげるよ…」
「おいっ、レッド!」
「ブラック、時間が無い、この鎖を叩き切るぞ」
「あっ、あぁ…」
二人は腰に挿していた剣を抜くと、女の足枷とパイプを繋ぐ鎖を断ち切ろうとした。
「あいつだわっ!」
彼女が言うほうを向くと、路地の向こう側から男がやってきていた。
まだこちらには気が付いていない。
「レッド、切れたぜっ!」
ブラックの剣が古い鎖を断ち切った音に、向こう側にいた男がこちらに気が付いたようだ。
「はっ…、どうやらあちらさんもキレたみてぇだ、逃げるぞっ!!」
「あぁっ」
レッドはブラックに応えると、女を肩に担いだ。
「揺れるかもしれないけど、我慢してくれっ!」
「なんでもするわよっ!逃げられるなら…っ!」
走りだしたレッドの背中から、女の声が聞こえた。
この状況下で、彼女はなんて強いんだ、と思った。
町の中を走り抜けていく途中、クルー達が目を見開いてこちらを見ていた。
「お前らっ船に戻れっ!出港するぞっ!」
「き、キャプテン!?」
一人、二人とクルー達が増えて行くにつれて、町人達は道を空けた。
ほどなくして、一隻の海賊船が出港した。
甲板には、走り通して力尽きたキャプテンレッドとブラック、そして、女がいた。
「…っ…はぁっ…くそ、だりぃ……っ」
ブラックの悪態を聞きながら、レッドも目を閉じ、肩で息をしていた。
目を閉じながら、動きだした船の揺れを感じて、レッドは安堵した。
幸い、航海に必要な物は港に着いてからすぐに当番のクルー達が用意を済ましてあり、出港にあたっての問題はなかった。
ふと、甲板に大の字に倒れているレッドの顔に影が出来た。
レッドが目を空けると、女がレッドを覗き込んでいた。
「…ありがとう…、助けてくれて…」
綺麗な笑顔で言う彼女に、レッドは自分の心臓が不整脈を打ったことに気が付いた。
「……君、名前は…?」
女の頬に手を伸ばし、触れれば、確かに彼女が存在することが分かった。
女は一瞬、驚いたように目を見開き、また微笑んだ。
「―…##NAME1##…よ」
彼女の笑顔を、守りたいと思った――…。
##NAME1##を暗闇から救ったのは
金色に輝く光―…
レッドが暗闇で掴んだのは
儚く輝く光…
これが彼らの出逢いだった
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