小説 | ナノ





格好悪いのが恋だもの

ケンカップルのちバカップル
幕末/甘甘?




「左之さん。あの、ですね……」
「ん……?」





「やっぱり…、………。
 やっぱり、何でもないです」


沖田のその言葉を何度聞いただろう、と原田は指折り数えてみた。記憶している限りでも、片手では足りないそれに眉をひそめる。


なんだってんだ総司の奴。

まさか別れ話ってんじゃねぇだろうな。


最悪の場合も想像はしていた。
だが、その質問を真正面からぶつけるには、正直勇気がいった。

肯定されたら―――

もしも、別れたいのだと沖田に言われたら。よぎる不安が原田を弱気にさせる。
周囲からは、色恋沙汰には百戦錬磨と謳われる彼も、『本気の恋』に巡りあったことはあまりにも少なく―――

そして、

それに対しては、ひどく臆病な1人の男でしかなかったのだ。



総司が自分から言ってくれるまで待とう。


至った 結論。

それが実のところ逃げでしかない事は、誰よりも原田自身がよく知っている。
沖田を信じたからこそではなく、沖田が自分から離れていってしまうことが、恐ろしくて仕方なかっただけなのだから。
情けなく肩をおとす姿を、一体誰が想像できただろう。

「みっともねぇ男だな、俺も……」

たった一人に、心はこんなにも揺さ振られるものなのか。己ですらも予測出来なかった現状に、原田は自嘲し、苦い笑みを浮かべた。


しゃきっとしろ、こんなんじゃ本当に総司に愛想尽かされちまう。


言い聞かせて前を向こうとする原田の心を挫くのもまた、沖田の行動が原因だった。



『何でもないです』

少し困ったように眉尻を下げて笑う沖田に、なんとも心がざわついて。
消えた姿を探してみれば、十中八九―――決まった場所に彼は居た。


やっぱり土方さん、なのか。


見つけるのはいつも、土方の居る場所だった。

土方の近くで、照れたように笑い、拗ねたように頬を膨らませ、せわしなく変わる沖田の表情。
かと思えば、顔を紅潮させ怒鳴っているのであろう姿も。
そのどれもが、原田に対しては滅多に――否、見せた事のない沖田の一面で。

見えない壁に阻まれたかのように、原田の足は凍り付いて動かなくなるのだった。



**********



初夏の或る夜のことだった。

その日は珍しく、幹部面子が顔を揃え広間で宴会が行なわれた。

中庭の花が見事だったから、月がとても綺麗だったから、飲むにはおあつらえ向きの夜ではないか。誰が言い出したか、そんな理由で突如決まった飲みの席。
反対するかと思われていた“鬼の副長”も、大きな仕事が片付いたところだ と容認してくれた事もまた珍しく、誰もが明日の雨を確信した夜のこと。

少し酒の力を借りれば、


総司と腹を割って話せるかもしれねぇ。


『やっぱり、間違いでした』
『やっぱり、土方さんがいいです』

やっぱり…、 やっぱり……。


続く最悪の可能性を考えて、それでも覚悟を決める。別れたくはないのが本音。続くこれから先の未来を、仲間としてだけではなく、それ以上に共に歩んでいって欲しいのが真実。それでも――


本心を語れねぇような関係じゃ、どのみち駄目になっちまう。


沖田が離れてしまう、かもしれないと言う不安におののき、誤魔化した関係を続けることに何の意味がある。


そんな原田が自らの頬を張り、気合を入れて臨んだ宴の席。

沖田はまるで原田を避けるかのように一番離れた席を陣取った。それはもう誰が見ても不自然なほどに。
乾杯の音頭の後も、土方と斎藤の間を行ったり来たりで酌をし続ける徹底ぶり。

「左之さん、総司と喧嘩でもしてんの?」

「……喧嘩の方がいっそまし、だけどな」

「よくわかんねぇけどさ。仲直りするなら早いほうがいいって、仲間なんだしさぁ!せっかくの機会じゃん」

宴も中盤にさしかかった頃。

徐々に機嫌の下降していく原田の様子を心配してか藤堂が探りを入れてきた。申し訳ない気持ちになるものの、土方の隣りから離れようとしない沖田への苛立ちと、どうにも取り繕えない余裕のない自身への苛立ちも相俟って、酒をあおり続ける。


「皆揃って飲めるのって嬉しいから、やっぱ笑って飲みたいしさぁ。」


隣りから聞こえる声の頼りなさ。

見れば、まるで迷子になった子供のように潤んだ瞳で、それでも真っ直ぐに見つめてくる藤堂がいて。冷水を浴びせられたかのように――沸騰していた血は急速に冷やされ、荒いでいた感情の嵐が去っていく。
冷静さを取り戻した原田は、悪かったと、とびきりの笑顔を返してみせた。酔いにまかせた乱暴な手つきで頭を撫でてやると、泣き出しそうだったその顔が、たちまち笑顔へと変わっていく。

「…そうだ!俺が総司呼んできてやるからさ、ちょっと待っててくれよな!」
「―――へ、平助?!ちょ、待てっ………て」


「総司!そーうじー!さのさんがぁ〜…」


酒の影響もあるのだろう。
泣いたり笑ったり百面相をしていた彼だが、そこからの行動は早かった。止める間もなく沖田の方へ、一直線へ向かっていく。
いったん削がれた勇気を奮いたたせるには余りにも短い時間に、ガンガンと鳴る頭を抱える。


『やっぱり………』


聞きたく、ねぇかもしれねぇな。

厠でも理由に立ち上げってしまおうかと、膝をたてかけた原田の上に影が差す。
見上げた先には、最近どうも余所余所しい――久方ぶりの恋人の姿があった。



**********



さのさんの所にいかないとなくからな〜って。へいすけくんになかれたので……

ん、あれ……?よくかんがえたら、もうないてますね。


かなり呂律があやしい、とろんとした目の沖田は、人二人分くらいの妙な間をあけて原田の隣りへ腰を下ろした。何とも言い難い、中途半端な距離。二人の周りにだけただよう、微妙な空気――…

気を遣っているのか、そうでないのか。
周りは酒を酌み交わし、相変らずの喧騒に包まれている。

「なんで、妙な間あけて座るんだよ?」
「…べつに……」
「もっと近くねぇと話辛ぇだろうが」
「そ、ぅですかね。うん、ぼくも隣りはおちつかない、し……」

そうして座り直したのは、原田の背後。

「お前相当酔ってんのか?……何後ろに座って
「ぅわっ……なんですか!きゅうにこっち向かないで下さいよ!」

つい先程まで、遠くの席で笑顔を振りまき酌をしていた姿とは打って変わって、正面から向かい合う事を拒むように――振り向くなと背を押してくる沖田の様子に――とうとう原田の中で、何かが切れる音がした。

背後の制止をふりきるために勢いをつけて振り返り、その貌を正面に捉える。これ以上逃げられてたまるかと、両の手首をきつく握れば、怯んだ沖田の身体が強張った。


「そこまで俺に愛想が尽きたってのか?」
「――――ぇ?」
「そんなに土方さんがいいのかよ、じゃあ何ではっきり言わねぇ…」
「……ひ、ひじかたさん……?」
「いつも言いかけては止めて、俺に同情でもしてたってのか?」
「………さの、さ…」

「土方さん土方さん、って。ずっと土方さん所に入り浸りだもんな。どうせ俺ぁあの人には勝てねぇよ!」


みっともねぇ。
なんつー情けねぇこと言ってんだ。


思うものの、酔いで箍が外れてしまった感情と、一度零れてしまった言葉は容易には止まらず―――


「さ、のさんは……!ぼくが、土方さんをすきだ、って。そう思ってる…て、ことですか?」
「思ってるんじゃなくて、実際そうなんだろ」

こんな筈じゃなかったのに。
思い唇を噛むも、一度決壊した感情の波を戻すことは叶わない。

別れることになったのだとしても、沖田の幸せを願っているのだと告げて笑ってやりたかったのに。襲ってきたのは激しい、後悔。居た堪れなくなった原田は、自室で頭を冷やそうと立ち上がった。思ったよりもふら付く身体に、大分酔いがまわっていたことをようやく自覚する。


「そんな、こと言って……ぼくと別れたいのはっ、さのさんの方じゃないんですか!?」

「―――はぁっ?!」


背後からの言葉に、原田は鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。受けた、だけではなく――実際に飛んできた座布団が背中にぶち当たり、床へと落ちる。
次いで飛んでくる徳利、を避けてしまったが為に、壁に当たったそれが見事に割れる音が響きわたり。第参弾としてむかってきた皿は、焦りながらもなんとか受け止める。


子供の癇癪かよ。


ふらつく足を叱咤して沖田のもとへかけ寄った原田は、離してしまった両の手首を掴まえ直す。
駄々っ子のように腕をふりほどこうとする沖田との力比べに、何とか勝利した原田が安堵の息をもらした。

「危ねぇだろうが……」

「さっきだってっ!平助とたのしそーにしてたじゃない!」
「なっ…、お、お前だってへらへら笑って酌してただろーが!」
「それだけじゃないですよっ…!前だって、いつ…だって…、ほんとはっ!僕なんかより新八さん達といる方がたのしいくせに!!」
「はぁ…っ?!なんでそんなこと――っ」


「やっぱり、僕のことなんか構うんじゃなかったって!そう思ってるんでしょ?!じゃまでしょうし…!こんな、めんどくさいやつ……重荷だろうし……っ!」


前、とは?

――そりゃ一体、いつのことだ


疑問を口にする前に、思い起こされるのは繰り返されるいつものやり取り。
心がざわつく、そんな切なげな表情を沖田が見せる――――あの光景。




『左之さん。あの、ですね……』
『ん……?』


“おーい左之〜?まだ行かねぇのか?”
“今日は新ぱっつぁんの奢りだってよー!”
“はぁ?!言ってねぇだろうが!”

“悪ぃ。先行っててくれていいぜ!後で追っかけるからよ”




今から時間はありますか?
帰ってきたら予定はあいてますか?
ちょっとだけ僕に付き合ってもらえませんか?

少し一緒に居たいだけ。けど、そんな理由で



――邪魔しちゃ悪いから…


『やっぱり、何でもないです』


せめてもの作り笑いをするのが精一杯。

好きだから一緒にいたい、けれど、好きだから重荷にはなりたくない。

では、どこまでが甘えとして受け容れてもらえるのか、許容される我侭なのか。鬱陶しいとは、思われたくない。
しかし、その答えを導き出せるほど沖田は色恋に関する経験が豊富ではなかったし、そして原田同様に、出合ったことのなかった『恋愛感情』というものが、さらに彼を臆病にさせていた。


自分が飲み込んできたのは、そんな言葉なのだと――酔いの所為だけではなく、真っ赤に染まった沖田が告げる。


「でもお前…、最近じゃいつも土方さんの所に……」
「だって土方さんには、さのさんとのこと報告しちゃってたし。相談のってもらえないかなぁって!!仕方ないじゃないですか、ほかにこんなこと言えるひとなんて…っ、………なん…て――…」


いない――……



言いかけて、

お互い周りが見えなくなっていた二人は、此処が一体どこであったかを思い出す。

我に返って気づいたのは――意味合いは様々な種類であるものの――全員から浴びせられている、痛いくらいの視線だった。そして、先程まで喧騒に包まれていたはずの部屋の、恐ろしいまでの静寂。

「…………ぁー、っと…」
「………………」

一気に酔いが冷めていく、のにも関わらず上昇する体温。

逃げ出したい。

そんな二人を救ったのは、土方の盛大な溜め息だった――おそらく全てを収めるために、計算された上でのそれはちょっとばかり芝居がかったものだったが、気付けるほどに余裕のある人物は部屋には居らず――


「てめぇら、そう言うのは他所でやりやがれ」


さっさと帰れ。

頭を抱えた土方に、しっしっと手で追い払われるが、それでも今は有難いと二人は顔を見合わせた。完全に動きの止まってしまっている他の面子が騒ぐ前に、なんとかこの場から去らねば。
揃って正座をし、頭を下げた。
凍った空気と割れた徳利と、その他諸々の謝罪も込めて。

「じゃあ、すんません。お先に失礼させていただきます」
「………ます。」

何事もなかったかのように冷静を装った二人が、広間を出て、襖をしめたその直後。



「え、えーーーーーっ?!総司と左之さんって、そうだったの?どういう事?!俺全っ然何も聞いてないんだけど!!」



屯所中に聞こえてしまったのではなかろうか、と不安になるほど大きな藤堂の叫び声を皮切りに、広間の中がざわめき出す。

土方さんは知ってたってことかよ。

随分と食い付きの良い永倉の声の様子からして、後から根掘り葉掘り聞かれることは、間違いがなさそうだと、原田は頭を抱えた。


「随分かっこ悪ぃとこ、見せちまったよなぁ―――皆にも、お前にも。」
「………でもぼくは、かっこ悪いさのさんの方が、すき…みたいです」
「実は、ある人に劣等感ばっか持ってる、器の小せぇ奴でもか?」
「どんな左之さんでも」

ちょっと意外でしたけど。
肩を竦めて笑う沖田の笑顔はどこかすっきりしていて、それにつられるように原田も穏やかに微笑んだ。


「俺の部屋にでも戻るか」


そして差し出された原田の手。

いつもなら躊躇ってしまうそれに、すんなりと手を預けることが出来た自分に沖田は驚いた。繋いだ手の熱さは、何故か昨日までとは違うものに感じられた。


「なぁ、総司」


前を向いたまま歩く原田が、視線はそのままに語りかける。


「お前が本音を言えねぇ…てのは、俺の器が足りてねぇせいでもあるんだろうが…」
「ちっ、ちがいます。それは、ぜったい!」
「少なくとも俺は、お前にもっと甘えて欲しいと思ってるし、どんな我侭だって叶えてやりてぇと思ってる」
「……………でも、」
「重くなんかねぇよ」

言葉を遮って、伝えられる否定の言葉。
痛いくらいに握られた手の強さが、そのまま想いの強さを伝えてくる。

「自分の事、重荷とか言いやがって」
「だって、本当のことですから」
「ったく――そうだな。重い荷物っつーくらいなんだからよ、よっぽど大事なもんって事だ。残念ながら俺は、自分の持ち物は手放さねぇ主義でな」
「……………」

立ち止まった原田が振り向く。

「だから。ちゃんと背負われといてくれや、一生でも」

顔を覗き込むように囁かれた言葉に、
沖田は瞠目する。


一生―――?それではまるで…、

「後悔、しても…しりませんからね。さのさんが言ったんですから!これからは、わがまま言うし無茶なことだってたくさん言うかも。ぼく性格わるいんです、左之さんだって知ってるでしょ」

頬を染めて早口にまくしたてる様子や、そっぽを向いて唇をとがらすその姿。
そう言えば今日は、たくさんの表情を見ることが出来たな、と原田は心の奥があたたかくなるのを感じた。そして同時に、溢れ出てしまいそうなほどの愛しさも、全てを奪いたくて仕方のない劣情も。

繋いだ手をひき、部屋への道を進む。

さして距離はない筈なのに、やけに遠く感じる馴染みの廊下。焦れったくて思わず足早になる原田の後を、黙って進む沖田もまた、同じだけの熱に浮かされていて……



三歩―――



二歩―…


一歩




障子を乱暴に開き、倒れ込むように部屋に入った二人は、どちらからともなく唇を奪い合った。



想いを伝え合ったその日から、結構な月日がたっていた―――けれど、想いが通じ合ったのは今、なのだと確かめるように。





新たな一歩は、今日この日から―――



End...

(=∀=)<げろ甘
はじめ君はきっと、座ったまま気絶しちゃってたので台詞がないよ!←



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