小説 | ナノ





ところにより俄か雨

原沖/SSL/結局甘甘
七夕が甘いイベントだなんて
そんなこと辞書にはのってない。



7月7日。
世間じゃ七夕なんて騒がれているが、
この日のお天道様の機嫌は、基本的にはすこぶる悪い。

ここ近年はと言えば、
ずっと雨、雨、雨、の傘マーク。

織姫と彦星が流す涙、
なんて言われちゃいるが
俺には知ったこっちゃない。

第一、梅雨の真っ只中。

そんなときに逢瀬の時間をセッティングした奴に文句を言ってくれ。

浪漫の欠片もない男だと思われそうだが、
それよりも先ず大切なのは、
知らない恋人たちの逢瀬を祈るより
365日逢いたい己の恋人を迎えに行くことだ。


仕事を片付け時計を確認してみれば、
約束の時間を15分オーバー。

さて、どうやって姫の機嫌を取ったものか。

今にも降り出しそうな雲を眺めながら
俺は、総司の待つ教室へと足を速めた。







教室で一人、
窓から校庭を見つめていた総司は予想していたよりもはるかに上機嫌だった。

「あ、左之さん。仕事終わり?」
「ん…あぁ。――どうした?」
「なにが?」
「いや、待たせちまった割に、怒ってねぇなと思ってよ」
「だってお仕事だったんでしょ?子供じゃないんだからそんなコトで拗ねませんてば」


いつもは5分で拗ねるだろうが。


思うものの、まさかそんな指摘で
機嫌を急降下させる訳にはいかない。

窓際へ佇む総司へ近付くと、
その手の中には、淡い色をした二枚の短冊。


どうしたんだ、と目で問うと
ニッコリと、満面の笑みで返された。


俺の知る限り――今のはコイツの“タチの悪い”類の笑みだ。


「左之さん遅くなるかもって言ってたから、さっき一君たちと駅前まで出てきたんです。で、買い物してたらアーケードに大きい笹が飾ってあって。良かったら書いて飾って下さい〜って、配られちゃった」

だから、こっちは左之さんの分。

白地に薄紅色の模様の入った
七夕よりもむしろ桜を思わせるその紙をヒラヒラと靡かせながら、総司は俺の横を走りぬけ出口へと向かう。


「僕はもうお願い考えちゃったんで、左之さん家で二人で書きましょ!」


言った総司は、
俺の返答など聞く気はないとばかりに
軽快な足取りで廊下を歩いていく。


「書いた所で俺ん家に笹なんてないぞ?」
「いいよ別に。僕のお願いは左之さんが叶えてくれればいいんだし」
「で、俺の願いは総司が叶えてくれるって?」
「僕で叶えられる願いなら、ですけど」
「いや、お前にしか叶えらんねぇな」
「あ、やっぱり?」



ここまでは、おそらく
織姫と彦星並みに互いに盲目なカップルの
“ベタ”を絵に描いたような 惚気話。

七夕に、
興味のきの字も持たない俺が申し訳ない

思わず謝りたくなってしまうくらい、
羊羹に砂糖をぶっかけたような甘い時間。





(だった筈なのに、これは何だ――)



数時間前とはうってかわり。
総司の願いを叶えるごとに、荒れゆく空模様。

最早、嵐寸前の恋人の機嫌を
一体どうやって回復したものか……

すっかりむくれた総司を前に、
俺は頭を抱えたのだった。








さて、話はさかのぼる。


家に帰ってきた俺たちは、
まずは腹ごしらえと夕飯をとった。

食後には、

俺はブラックコーヒーを
総司には甘いカフェオレを

用意してテーブルを挟んで向かい合う。


「じゃあこれ、左之さんの分」


教室ですでに対面済みの
白地に薄紅色の短冊が、ペンと共に渡された。


“ずっと一緒に居たい”と


俺は迷うことなく書き込んだ。

死ぬまで、死んでも、来世でも。

陳腐と言えば陳腐で、あまりにも常套句。
だが、これで間違いはないはずだ。



「見せて」と、手元を覗き込んだ総司が
満足そうな顔で頷いて、笑顔になる。

「左之さんてば、恥ずかしい事書くなぁ」

悪態を吐きながらも、
顔を隠すように飲み物を口に運んだ
総司の耳が赤く染まっているのが、正解の証拠で。


おそらく同じ願いだろう、と
云うのが俺の予想だった。


「で、叶えてくれるんだろ?」
「約束だし、仕方ないからね。」
「案外同じこと、書いてたりしてな?」


「ううん。違うよ」


首を横に振った総司の笑顔と、

すっかり失念していた
教室で見た“タチの悪い”笑みが重なる。


「だって、その願いは僕が叶えてあげるから。僕が書いても同じ内容になっちゃうでしょ」



だから、僕はこれ。




“原田先生の全部が知りたいです”




差し出された紙に書かれていたのは、
捉えようによって過激とも取れる、お願い。

「原田先生」と記されたその意味も

どう言う受け取り方をしたもんか――


考えあぐねていると、
真剣な顔をした総司が
目の前で正座を始めたので、

俺も釣られるように座り直し、
姿勢を正した。


「だからね!僕がこれから聞くことを、左之さんは誤魔化さないで正直に。誠意を持って答えて下さい」

「・・・・は?」
「だから、僕がこれから聞くことに正直に答えて、って話だってば」
「そんなんでいいのか?」
「うん。ずっと気になってた事たくさんあるし。この際、聞いちゃいます」
「お前に隠し事なんかしねぇって」
「う…ん。でも、こんな事聞いたらウザいかな…って」
「何言ってんだ、何でも聞けよ」
「ん、じゃあ。ちょっと怖いけど――…」


例えば。


僕のこと好きですか?
どのくらい好きですか?
どんなとこが好きですか?



ここまでの展開だったら、
甘い質問を期待してしまうのは
男としちゃあ当然の流れで。


まさか――――















「実際のとこ左之さんは、何人くらいの女の人と付き合ってたわけ?」










「・・・は?」




誰がこんな、

浮気がバレた亭主状態(?) に
陥ることを予想出来ただろう。


(第一、付き合った女は多いかもしれねぇが。相手がいるときゃ浮気や二股はしないってのが俺のポリシーだ。修羅場の経験はないってのに)


よりにもよって
上手くいってるはずの恋人と
何故こんなことが……





「あ〜…っと、だな。総司?」
「隠し事はしないって言った」
「いや、そりゃ。しねえ、けどな…」



中学・高校・大学生活と、
まるで走馬灯のように思い起こされ
消えていくのは、若気の至り――

なんて一言で片付けちゃいけないんだが。

ようやく本気の存在とめぐりあえた
筈なのに、こんな状態になってるんじゃそんな言葉も使いたくなるってもんだ。



「即答出来ないくらい、多いってこと」
「いや。その、多分……両手くらい、だったか(に片足くらいか)」

「……隠し事しないって言ったのに」
「本当だって。付き合ったのは、そんくらい――」



「付き合ったの、“は”?」















「じゃあ、寝たのは?」


「寝た、ってお前。そりゃ……少しだけ、まあ」
「……………増えるんだ?」
「いや……その。つーか何で急にこんな質問なんだ?!」
「だって、ズルいじゃない。左之さんは高校生の僕を知ってるけど、僕は先生の左之さんしか知らないなんて。なんか、遊びまくってた、みたいだし?」
「………………」



僕にも知っておく権利ってあるよね。


そうして次々と、
正面からぶつけられる、なんとも際どい総司の質問の数々。


(どうしたもんか――)


答えには、
大人の「嘘」も必要だと思う反面

短冊の「願い事」を叶えあうと云う約束が、俺が「嘘」をつくことで破れるのだと思うと、正直に答えなければならないと恐れる気持ちもあり。


“ずっと一緒に居たい” と


先に書いた約束を総司に守ってもらうためにも。





「生徒で告白する子っていたりするの?」
「美術の新しい先生、左之さんにモーションかけてるって聞いたんだけど」
「左之さんは愛想振りまき過ぎ。無愛想になれ……とは、言わないけどさ」


はあ、と大きく溜め息を1つ。
どうしてそんな事が気になるってんだ。



これはもう、「お前だけだ」と
伝えきれていなかった俺の責任だと腹をくくって。


(正直に、答えるか。)


観念した俺は潔く、
総司の「お願い」を聞く事にした。

答える度に膨れられるのは仕方ない。


(思えばコイツが、こんだけヤキモチをあらわにするなんて珍しい…しな。)


テーブルに置かれた短冊が、窓から入ってきた風で小さく揺れた。


1年に1度なんかじゃなく。
これからもずっと365日を共に過ごしていきたい相手となら、こんな雨模様の日があるのもきっと当然で愛しい時間なのだ。




散々尋問された後、
一生かけて誠意を示してやろうじゃないか



結局のところバカップル。
女関係を突っ込むのは野暮だしウザいと思っているので、普段は平気な顔してスルーしてればいいと思う。…んだけど、やっぱり先生の学生時代が気になってしまって仕方なかったり。たまには思い切りヤキモチを焼いてもいいと思います(笑)
女関係だけじゃなくて、普通の学生時代のお話も聞きたいので一晩じゃ尋問は足りませんでした、って言う。



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