小説 | ナノ





雪の日の話

雪が降った、ある冬の日の話たち。


【ああ本当だ、珍しい。】


「総司、総司。」

近くで自分の名を呼ぶ声。

決して乱暴ではないけれど、ゆらゆらと体を揺すられて、すっかり安眠を妨害された僕は仕方なく目を開けた。睨み付けても目の前の人物には全く効果が、ない。不機嫌なのを隠すことなく布団の上の手を払いのけるも、それもやっぱり効果はなく。

「起きろって、雪だぞ雪」
「・・・・・雪くらいで騒がないで下さいよ」

別に珍しいものでもないでしょうに。

布団から出した肩や腕がいつもより冷えるのはそのせいか。納得して、再度布団に潜り込もうとした僕の肩に、温かな手がかけられる。振り払うのは躊躇われる心地の良いぬくもり―――布団に潜り込むべきか否か、少し迷わせるその温度。

「んな事言うなって。ちょっと吃驚するくらい積もってんだからよ。珍しいだろ?」

結局、どこか嬉しそうな相手の気配に負けた僕は、二度寝を放棄することとなった。

「もう……子供ですか、全く」
「こんな時くらいは童心にかえらねぇとな」

「童心、ねぇ…」

子供は僕に、昨夜のような悪戯はしません。

まだ身体の奥に残るかすかな違和感に、軽い嫌味の1つでも言ってやろうと身を捩れば。
仰いだ先にあったのは、あまりお目にかかったことのない……否、みたことのない―――左之さんの笑顔。

いつも浮かべている優しい笑顔とはちょっと違う、我が儘を言った時に見せる困ったような笑顔でもなくて。夜に見る妖艶な笑みともまた違う―――まるで子供のように、きらきらと目を輝かせた、それ。

ああ本当だ。


「……珍しいもの、見たかも」


思わず本音がこぼれれば、まだ見てもいないくせに何言ってんだ、と額を軽く小突かれた。


多分、お姫様抱っこで縁側に運ばれる。


【童心に返っても】


裏庭で、2人で作った雪だるま。

手がかじかんできたから、小さめで終わった僕の雪玉と。張り切りすぎたらしく地面の泥が付く程、大きくなった左之さんの雪玉。
重ね合わせて作ったそれは、なんだかとっても不恰好……

それでも左之さんは楽しそうに笑う。

目を作って、鼻を作って、口を作って。
僕は、それを黙って見つめる。
何かに気付いたらしい左之さんが、「お…?」と小さく呟いて駆けていくのを見送ってから、横へ視線をうつしてみると、そこには不適な笑みを浮かべた不細工な雪だるまが、一人ぽつんと立っていた。

「どうだそれ?
 総司のつもりなんだけどな、似てるだろ」

可笑しな事を言いながら戻ってきた左之さんは、手にしてきた赤い実で不細工な雪だるまの顔を彩っていく。
殴ってやろうかと思ったけど――本当に楽しそうに、笑っていたから――なんだか怒る気も失せて、そのまま黙って横で眺めた。

(全然似てやしないけど、僕だって言うならあんまり不細工なのも許せないし)

そいつの胴の部分についてしまっている泥を払ってから、落ちていた枝を拾って腕を作る。なんだか不恰好だし寒そうだし。仕方ないから、していた襟巻きを貸してあげることにする。

「雪だるまってこんな感じでいいのかな」

左之さんは、一瞬意外そうな顔を浮かべてから――本日一番の笑顔で僕を抱きしめた。

「急に何するんですか」
「いいだろ、寒いんだから」
「寒い中付き合わせたの、左之さんなのに」
「……そうだな」
「………変な左之さん。」



二人で作った雪だるまは、翌日にはもう消えていた。
朝日で溶けてぐちゃぐちゃになったその横に、不思議な気持ちでしゃがみこむ。

もやもやしたこの感情を僕は知らない。
ただ、それを眺めているうちに泣きたいような気分になって、昨日のぬくもりが恋しくなった。


寂しいがうまく言えない子。



【デジャブ】

「寒いと思ったら…すっかり積もったな」

左之先生が、教官室の窓を開けて外を見る。

(雪に感動するなんて、実は意外と子供っぽいのかも――)

ちらちらと白い結晶が舞い落ちてくる空を見上げるその横顔は、どこか嬉しそうな気配を漂わせていて……知らない一面をまた知ってしまった、と。僕はそっちに感動した。そんな素振りは絶対に、表に出したりしないけど。

あくまで無心のふりをして―――数枚のプリントを、束にしてホッチキスでとめていく。
面倒くさい作業は好きじゃないけど、こんなコトで先生と2人きりになれるなら安いものだ。


「そういや、あれ。「銀世界」ってやつ。雪は白いのに何で銀世界って言うんだろうなって、子供の頃疑問に思ったことがあって―――」


僕は小さく、「ふぅん」と一言。

興味のないふりをしながら、先生が語る“子供の頃”に耳を傾ける。本当は、廊下から聞こえる足音1つだって邪魔で頭にくるくらいだけど、いかにも興味津々ですって顔で話を聞くのは、ちょっと……いや、かなり照れくさい。

そんな心中を知ってか知らずか。

「珍しく積もったんだし、総司も見てみろって」
「ちょ…先生、プリントがっ」

無理やり手を引かれ、窓際に連れて行かれる。


「わざわざ窓開けなくても見れるじゃないですか。寒いですよ」


照れ隠しに文句を言っても、先生はそれを見透かしたかのように微笑むだけ。繋がれた手はそのままに。白く染まった校庭を、二人で見る。それだけでこんなにも温かい。

「帰りに2人で雪だるまでも作るか?」
「まさか…子供じゃあるまいし」

呆れたように肩をすくめてみせたけど、むしろ――バカバカしいけど結構楽しいかもしれない…――と、一瞬本気で考えた自分の方に呆れてしまう。

冗談だよと笑いながら、先生が静かに窓を閉めた。
そうするとそこに、室内との温度差で曇りガラスへと変貌をとげた窓が現れる。

それを見て何か思いついたようにニヤリと笑った先生は、指先を窓へ走らせた。

「お前のかお」

可笑しなことを言いながら描いてみせたのは、下手くそな僕の(?)似顔絵らしい。

「美術の先生には一生なれないですね」
「そうか?結構似てるだろ?」

そんなやり取りをしているところに、コンコン…と小さなノックの音が響く。何に怯えているんだろうか、と笑いたくなるくらい小さな音の主は、意外なことに永倉先生だった(この学校で一番豪快なノックをしてもおかしくないと思える人物なのに)。

「あ〜、取り込み中に悪ぃな」
「本当にな。何か用か?」
「用じゃなかったら来ねぇよ!土方先生が探してたんだよ、早く行っとけ」
「あぁ。そういや朝何か言ってたっけな……わかった、今行く。ありがとな」

軽いやりとりを交わした後――
ばつが悪そうに頭をかきながら出て行く永倉先生の視線が、ある一点に注がれていたことで。今更ながら、繋いでいる手を離していなかったことに気付いた僕は、目眩がするくらい恥ずかしい思いをすることとなった。
先生たちが仲が良いのも、僕らの関係を知っていることも聞いていたけど、実際に見られるって言うのは、なんとも居心地が悪いものだ。


「ごめん。そういう訳だから
 ちょっとだけ行ってくるな」


残されたのは、繋いでいた手の感触とぬくもり。
それと、窓に描かれた下手くそな僕の分身。

まさかたったそれだけのこと、が――

(……寂しい、なんてね。)


浮かんだ水滴で、窓の中の僕が泣いている。
似てもいないその分身に、何故かいたたまれない気持ちになった僕は、慌てて手の平で窓をこすった。



季節外れの散文練習でした!


1と2は付き合ったばっかくらいの妄想で。
三馬鹿と騒いでるような顔を総司に向けることは少ないかな?と思って。子供の良い部分を残したまま大人になった左之さんて好きです。3は蛇足かもですが、数合わせで即書き詰め込み。現代はいちゃいちゃしてればいいよね!



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