小説 | ナノ





あめふり。


本日の降水確率は80%。

朝から空を覆っていた灰色の厚い雲。
そこからポツリポツリと小さな水音が聞こえ始めたのは、最終授業である「古典」が始まる少し前の事だった。

徐々にその勢いを増すどしゃ降りの校庭を、憂鬱そうに見るクラスメイトが多い中、それでも沖田の機嫌は上々だった。

(雨の日は嫌いじゃないからね)

だから、本当はサボりを決め込もうかと考えていた古典の授業にも出ることを決めた。

その日は突然の小テストが告げられ、教室は阿鼻叫喚に包まれたが…、
もとより古典のテストなど真面目に受ける気のない沖田にとっては、そんな事はどうでもいい話であったし、むしろ雨音をBGMに、絵を描いて放課後を待つ楽しい時間でもあった。

(早く、授業終わらないかな――)

解答欄が、教卓の前に立つ“古典教師の似顔絵”で埋め尽くされ、暇を持て余し始めた頃。

後ろの席の奴からプリントまわしてこい、と。似顔絵のモデルである土方の声が聞こえたのと同時に、授業の終わりを告げるチャイムの音が鳴り響いた。教室のあちこちで、絶望のうめき声や答え合わせを行なう声。
小テストごときで真面目だね……と他人事のように考え、沖田は大きく伸びをした。

外は相変らずの激しい雨。

どうしても緩む口元を、頬杖をついてこっそりと隠す。
あとはホームルームが終わるのを待つばかり。
頬杖だけでは隠し切れなくなってしまったニヤける顔を隠すため、彼は机に突っ伏して、寝たフリをすることに決めたのだった。



********** ***** **********



本日の降水確率は80%。

(と、言うことは…だ)

沖田総司が傘を忘れる確率は?

(答えは、大体…120%。)

空を覆っている灰色の厚い雲を見た原田は、鞄に常備してある折りたたみ傘を取り出し、居間の机へ“置き忘れる”ことにした。その代わり、人が2人入っても余裕のあるサイズの傘を手に取って家を出る。

それは、いつからかすっかり定着してしまった、天気が悪い日の暗黙のルール。

頬をなでる湿った風と、雨を予感させる水の匂い。
足早に過ぎていく通勤途中の社会人も、自転車で走っていく通学途中の学生も、どことなく憂鬱そうに空を見上げる人々が多い中、それでも原田の機嫌は上々だった。

(雨の日は嫌いじゃないからな――)

さて、今日のスケジュールはどうだっただろうか。
授業の予定、放課後までに片付けなければいけない仕事、整理しておきたい資料…、頭の中でそれらを確認しながら“可愛い恋人”のいる職場へと向かう、彼の足取りは軽やかだった。



********** ***** **********



「原田セ〜ンセ!」

放課後の職員室。

待ってましたとばかりに駆け込んできた沖田を見た原田は、恋人を前にどうしても甘くなってしまう――そんな表情を隠すことなく出迎えた。とは言え、曲がりなりにも「教師と生徒」、かつ男同士。公認で堂々と付き合うなんて真似は当然出来るはずもなく。

「沖田か。どうした?」

他の生徒と同様に名字で呼ぶことも。
どうしたなんてわかりきった質問も、なんて白々しい。

そんな2人のやり取りに気付いてウンザリするのは、プライベートでも付き合いのある身近な教師のみなのだが。彼らはと言えば、沖田が職員室に入ってきた瞬間に「馬には蹴られたくないから」とばかりにどこかへ旅立ってしまっている。

弾む足取りで机の側までやってきた沖田は、雨の日お決まりの台詞を口にした。

「傘忘れちゃったから、置き傘を取りに来たんですけど」
「よりにもよって、置き傘扱いか?」
「似たようなもんじゃないですかね。」

窓越しに遠く聞こえる雷の音。
相変らずの空模様で薄暗い職員室の中、にこりと笑った彼の周りが華やかに色づく。

可愛くないことを言いながら、全身から滲み出る嬉しさを隠そうとはしない可愛い恋人に、少しだけ意地悪をしたくなった原田は、声が届く範囲には誰もいないことを確認してから―――人指し指でちょいちょいと、耳を貸せというポーズをしてみせた。

「………?なんですか?」

一生徒としておかしくないくらいの距離を保って。
はたから見れば机の上のプリントをのぞきこむような仕草で身を屈めた、その耳元に囁く。

「いれて下さい、って。上手におねだり出来たらいれてやるよ」
「………〜っ!!」

普段より低めの声のトーンと含みのあるニュアンスは、もちろん態と。
目の前にある耳や首筋がほんのりと赤く染まる反応で、相手が完全に油断していたであろうことがわかる。


(恋人を、置き傘扱いした罰だ。)


悪戯は成功、してやったりとほくそ笑みながら、原田は机に散らばるプリントを片付け始めた。
――多分赤くなった顔を他人から隠すために――机の足下にしゃがみこみ、膝に顔を埋めた沖田から『先生にセクハラされましたって、訴えちゃいますからね』と小さな抗議の声があがる。

「傘忘れたから、帰りに俺の傘にいれて欲しいって話の確認だっただろ。ちがったか?」
「そんな言い方じゃなかったです」
「じゃあ、どんな言い方だ?」
「……その聞き方も、ヤらしいですよ」

ここが職員室でなかったのなら。

すぐにでも押し倒していただろうに、と考えた駄目な教師は、手にした資料の束の中から不要になったプリントを数枚抜き出した。本当はゴミ箱行きで問題ないそれらを、机の一番下の引き出しへ入れる――その瞬間だけ。

“教師”の仮面を脱ぎ捨てて、
蹲っている沖田の髪へ、掠めるように口付けをおとす。


「!?左之さっ…」


もちろん周りの確認を怠ったりはしていない。
すぐに体勢を戻し、悪びれもせず“教師”の仮面をまとった原田は、何事もなかったかのように立ち上がった。

「もうちょい仕事が残っててな。あと一時間ばかし待ってられるか?」

「……うん。でも、先生ってズルいよね」

僕の答えなんて全部わかってるくせにいちいち疑問形なのって本当にズルい。

拗ねたような声が呟いたのとほぼ同時に、職員室へ入って来た生徒の気配を感じた沖田も、何事もなかったかのように立ち上がる。

職員室の一角での甘い時間はそこで終わり。

「じゃあ僕、図書室で課題やってますんで」
「おう。後で確認しに行くから、ちゃんとやっとけよ」
「は〜い。」

教師と生徒を演じて会話を交わした後、後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去る。
職員室を出てすぐに数人の女子生徒に囲まれた、人気者の原田先生 は出来るだけ視界に入れないようにして、足早に図書室へとのびる廊下を進む。――課題なんてありもしない、けれどその嘘を本当にするために。

課題を見てもらっていた生徒が。
傘を持ってきていなかったから。
先生の傘にいれてもらって下校しました。

――ただ相合傘で帰るための、理由を存在させるために。


堂々と外で手をつなぐ事はできない2人が、肩を触れ合わせて歩いたとしても、奇異の目で見られることはない特別な日。

(だから、雨の日が、嬉しいなんてね――)

先生と付き合うようになってから随分と女々しくなったものだ、と自分を笑って、沖田は鞄から携帯を取り出した。開いたメールの受信BOXに、当然のように並ぶ同じ名前。それだけで緩みそうになる顔を唇を噛むことでどうにか堪え、短く「おやすみ」と書かれただけの最新のメールを開き、迷いながら返信ボタンを押す。

待っているの一言を告げておくべきか、
嫌味の1つでも入れておくべきか。

思い悩んだ末に送ったのは、空メール。


満足げに携帯を閉じて窓から外を見れば、先よりも勢いをました雨がざあざあと滝のように降っている。
さすがにもう少し小降りになってくれてもいいんだけど。肩をすくめてから、思いなおす。


―――びしょ濡れになってしまったのを口実に、家へ来てもらえばいいのでは?


担任でもない原田が沖田の家へやってくるなど、口実がなければ出来ないこと。

「これは名案を思いついた」と、図書室へむかう足取りが一気に軽くなる。後はほんの1時間、うたた寝でもしながら恋人の仕事が終わるのを待つばかり―――薄暗い廊下に、これ以上ないくらい上機嫌になった沖田の鼻歌が小さく響く。


(やっぱり雨の日って、最高かもね)


雨あめ 降れふれ
 
 さのさんが

蛇の目でおむかえ嬉しいな♪



234打を踏まれた雪うさぎ様へ捧げます。SSL甘め原沖…との事だったんですが、糖度が半端で申し訳ございません><
公認バカップルにすれば良かったんだなと今さら思ってみたりしました;切なかったり甘かったりグルグルしてしまうのが恋かなと、趣味丸出しで書いてしまいました。こんなので宜しければ受け取ってやって下さいませm(_ _)m
何もないサイト状態の234打の時にご報告&リクありがとうございました!




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