小説 | ナノ





時々とても天然な彼(ひと)



その日、巡察を終えた原田が屯所へ戻ると
想い人が一人、縁側に腰掛け中庭を見つめていた。

「あ、左之さん。おかえりなさい」

近づく気配に気付いた沖田が振り返り微笑む。
その姿があまりにも無邪気で、原田の心をとき解いた。
心の疲れも身体の疲れも――傍に居るだけで癒される。そんな稀有な存在が実際にあるのだと、沖田といるときに原田は強く実感した。そして、まさに今はその瞬間で。

つい頬が緩んでしまうのを隠しはしない。

愛おしいと感じる心に蓋をしてしまうのは無意味だからだ。本音を隠してしまいがちな沖田相手ならば余計に、己が曝け出さなくてどうする――と。それは特別な関係になってから、原田が常に心がけていること。

「おう。こんな所で日向ぼっこか…って、さすがにこの時期じゃ寒くねぇか?待ってろ、なんか羽織るもん……」

「大丈夫。もう、左之さんまで…心配し過ぎだってば」


左之さん、まで。


裏を返せばそれは、原田以外にも総司を心配する人物が居た…ということ。(心当たりなど、挙げていけばきりがない)
そんな些細な事が気にかかり、胸のどこかでちりりと嫉妬の音がする。

なんて器の小さい男だろう。

肩を竦め自身に苦笑してから、原田は沖田の背後に身を屈め、冷えた身体を包み込んだ。

「やっぱ冷たくなってんじゃねぇか。こうしてりゃあ、少しはマシだろ?」
「ちょっと左之さん、こんなとこで……っ」

誰が通るともわからない。

非難しかけた沖田の言葉を重ねるだけの口付けで封じてから、抱きしめる腕の力を強くする。

「今は俺達だけだ。誰か、来るまで――ならいいだろ?」
「……はぁ、仕方ないなぁ。駄目だって言ってもひっ付いてる気なんでしょ」
「はは、わかってんじゃねぇか」
「ちょっと埃っぽいけど、あったかいから許してあげる」
「お…っと、悪ぃ。外から真っ直ぐ来ちまったからな。なんなら、一緒に風呂でも入るか?」
「左之さんが言うと、含みのあるようにしか聞こえないんだけど」
「ま、下心が全くない…とは言わねぇよ」

好きな相手を湯に誘う。
そこに卑しい気持ちが皆無だなんて、聖人君子じゃあるまいし。

伝えると、照れたように目尻を赤く染めた沖田に、『馬鹿』と脹れられ睨まれた。

そんな風に軽口を叩き合っているうちに――表情や言葉にこそ甘さは感じられないものの、自らの腕にかかる重みが増したことで、原田は沖田が完全に身をゆだねてくれたことを知る。(ただそれだけのことが、原田にどうしようもないほどの幸福感を与えているのだという事を、沖田は知る由もないのだけれど。)


天邪鬼な恋人が、真っ向から想いを口にしてくれることなど滅多にない。
だからこそ、こうした小さな仕草の意味を一遍たりとも逃したくはなくて――原田は腕の重みと温もりを思うがままに堪能した。


「そういやさっき、何してたんだ?」
「何…って、庭を見てただけですよ。木…って云うか、葉っぱ?風に揺られてただけなんだけど、これが不思議と飽きないんだよね」
「まぁ、何となく見惚れちまうのも、わからなくはねぇが」
「でしょ?特に面白いわけでもないのに、どうして見ちゃうんだろうって考えてたら、余計に目が離せなくって――…あ。」
「ん?」

腕の中で庭の木々を見つめながら語っていた沖田は、突然何かに気付いたように小さく声をあげた。
そうして、身を捩り背後を振り返る。
口付けた時ほどの近い距離で、ともすれば再び吸い寄せられてしまいそうなほどの距離で見つめあう。

笑顔で伝えたれたのは、思いもよらぬ言葉だった。


「そういえば。左之さんの事も、
 ずっと見てても飽きないな…って」

「……っ!」


胸に込み上がる何かを押さえきれなくなった原田は、沖田の顎を上向かせ、かぶり付く様に唇を吸い舌を差し込んだ。

瞼が下ろされることはなかった。
欲に濡れた互いの視線をそらすことなく見つめあい、存分に舌を絡ませた後、少し荒くなった呼吸の中で囁きあう。

「凄ぇ口説き文句だな。そんなのどこで覚えてきた」
「からかわないで下さいよ。思ったこと言っただけなのに」

拗ねたように唇を尖らせる子供のような姿と、口付けの最中に見せた妖艶な雰囲気の差。それがまた奇妙な魅力となって原田の心をざわめかせた。


いっそこのまま押し倒してしまおうかと云う衝動に駆られる、が、まだ日は高い。
それに沖田は夕餉の仕度があるのではなかったか?
先ほど、埃っぽいと指摘を受けたばかりでもある。


―――耐えろ。


なけなしの理性を総動員して、原田が己の中の獣(けだもの)と戦っているところに、更なる爆弾発言が投下された。


「て事は、もしかして。景色を眺めてても飽きないのって、左之さんを見ちゃうのと同じ理由なのかな」
「―――…そ…」
「だとしたら僕って、葉っぱとか景色とか眺めてるの『好き』ってことだよね」


同じ理由だとしたらそういう事でしょ?



首を傾げるその仕草も、上目遣いで見つめてくるその表情も――沖田本人に自覚はなくとも、これが“誘い”でなければなんだというのか――理性を焼ききる衝動に身を任せて、原田は腕の中の存在を抱き上げた。

突然のことに驚き目を丸くしている沖田を、急ぎ足で自分の部屋へと運んでいく。

「左之さん?!ちょっ…何なの、急に…!」
「暴れんなって。落としちまうだろ」
「そういうことじゃなくって!」
「――あんな風に誘ったお前が悪い」

「……誘って、って。別に僕誘うようなこと」

浮かんだのは困惑した表情。
やはり沖田自身は、自分がどれだけ原田を喜ばせる言葉を口にしたかなど全く自覚がないようだった。


『好き』ってことだよね


天邪鬼な彼が想いを口にしてくれることなど、本当に稀。
けれどこんな風に無意識に、想いの片鱗を見せてくれる時もあって。
そんな時原田はどうしても、ありったけの自分の想いを伝えたくて仕方なくなってしまうのだ。言葉でも、身体でも――だから、


「何も、してないと思うんだけど」

「いんや、やっぱり――お前が悪い」


少しばかり日が高かろうと、埃っぽいと文句を言われようと、そんなこと気にならないくらいの時間を与えてやればいいだけだ。
夕餉の当番なら自分が代わってやればいい。
それならば問題ないだろう。



さんざん言い訳をしてから原田は、
まだ戸惑いを見せる沖田へと口付けを落とした。




重なり合った唇は、蕩けるように甘く――


計算して誘うときも多いんだけど、たまにポロッと天然を発揮する沖田さんも宜しいのではないでしょうか…とか思ってしまっただけの文。いつもに増してgdgdでスミマセンな感じで。


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