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No Title(斎沖)


卒業式の日のことだった――

「買い物に付き合って欲しい」と一君が言った。

それはとっても珍しいことだった。
僕らが出会ってから過ごしてきた今日まで、誘うのは僕から がほとんどだったから。学校帰りに、休日に、なかば強引に約束を取り付ける。彼の反応はその都度違った。嬉しそうだったり、ちょっと困った感じだったり――1度だけ、本当に迷惑そうだったときもあったっけ――それに気付かないふりをして「約束だよ」って頑張って笑ったけど、そんなこと一君には当然のようにお見通しで。「すまなかった」って謝らせてしまったのを憶えてる。(何で一君が迷惑そうな顔してたのか…って云うのは、実は僕の誕生日に絡むことなんだけど……話すと長くなっちゃうから、この辺りは割愛する。)

そんな風に色んな面を持ってる一君だけど、学校の皆はきっと知らないしわかってない。一君のポーカーフェイスは、ちょっとやそっとの付き合いじゃ理解することなんて出来ないから。

瞼とか眉とかの、一瞬だけの些細な動き。瞳の奥に隠れた色、纏う空気、ほんのちょっとだけ変化するそれ。読み取る事が出来る人間なんて、多分数えられるくらいしかいない。

見た目に反して、彼の感情は結構コロコロと変化する。それを感じることが大好きだから、一瞬たりとも見逃したくなくて、ずうっと一君を見てしまったりもして。(これももしかしたら、一君にはバレてるのかもしれないけど)

少し話がそれたかな。

とにかく、一君から僕を誘ってくるというのは本当に珍しいことだった。しかも、買い物?
何を買うのか聞くと、「行けばわかる」と返されて。
今から行くのかと問えば、「明日にしよう」と背を向けられた――卒業式の日だってのに、僕らはその会話を最後に“いつも通り”に帰宅したわけだ。まるで明日も明後日も、高校生活が続くみたいに。




卒業式の次の日のことだった――

「寝坊して遅れた、すまない」と一君が謝った。

僕の記憶している限り、それははじめての事だった。時間にも自分にも厳しい彼は、大抵15分前には待ち合わせの場所に着いている。だからいつも約束の時には、一君が僕を待っているのが当たり前のようになっていた―――ちなみに、学校では遅刻常習犯、時間にルーズな僕だけど、一君との待ち合わせの時には5分前行動を心がけてる…ってことは、誤解のないよう言っておきたい。(心がけてはいても実行率が100%じゃないのは、置いておくとして)

理由が「寝坊」というのもまた珍しいことだった。
彼の就寝時間は、一般的な男子高校生に対してかなり早めだ。テスト期間中なんかも、普段から勤勉な彼はあまり焦ることがなく、故に、一夜漬けなどとは縁がない。『朝方の方が効率がいいから』という理由で、早く寝て早朝に見直しをしてから学校に来るのがテスト期間中のスタンスなのも知っている。

髪の色とか瞳の色とか……
夜から彼を思い浮かべることは多々あれど、彼から夜のイメージは浮かばないのだ。



「一君が寝坊なんて、珍しいね?」
「……昨夜、何故か寝付けなかった」
「それも珍しいよね。なにか考え事?」
「そう、なのかもしれない」
「……?自分でわかんない、とか…」

珍しいを通り越して“らしくない”

そんな違和感に首を傾げてから、もう1つ。さらに“らしくない”ものを発見した僕は、思わず声を出して笑ってしまった。おそらく寝坊のせいで焦って家を出てきたのだろう。一君の耳の後ろ辺り、後頭部に近いそこから、直しきれなかったらしい寝癖が一束、ぴょこんと顔を出している。

急に笑い出した僕に、戸惑いの色を含んだ一君の視線が向けられた。

「よっぽど慌てて出てきたんだねぇ……ここ、寝癖ついてるよ一君」
「なっ……!た、確かに直した筈」
「もしかして、これに苦戦してた?」
「それも、ある」
「あははっ!初めて見たなぁ、一君の寝癖って。なんか新鮮」
「――笑いすぎだ、総司」

頬を赤らめてから、寝癖を隠すようにそっぽを向く彼が可愛くて。でもこれ以上笑うと本気で臍を曲げられてしまいそうだったから、どうにか笑いをかみ殺す。

「ゴメンゴメン。急いで出てきたって事は、ご飯まだなんだよね?どっか入って、そこでソレも直せばいいんじゃない?買い物って、それからでも大丈夫なんでしょ?」

僕が提案すると、一君は腕時計を確認して少しだけ考えた後、申し訳なさそうに頷いた。


...続きます。


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