ラビ×リナリー


ミンミンミン。

蝉の声ははるか遠く。そして頭上の樹木から響いた。息を吸えば草の臭いと甘い果実の香り。颯爽と走る自分たちは、足元など気にしている暇など存在しなかった。


「リナリー、リナリー!!」
「待って、まだアクマが後ろに居るの!」


じゃあ立ち向かって倒した方がいいと俺は言ったのに、まだ駄目と一点張り。それなりに戦ってきた経験力から考えれば、ちゃんと考えがあるのだろうけど、どうしたってリナリーの策というのが分からない。
そもそもレベル2のアクマなんて、気を抜かなかったらすぐに倒せるというのに、そこまで逃げる理由もイマイチ分からない。

手首を握られ、高速で木々の間を抜けていく。ふと上を見れば、木漏れ日とその隙間から青空が見えた。


「あのアクマ、人の心読み取ってくるの。もう少し離れて、見えないところから攻撃しないと……」
「……。リナリー、何か隠してる?」
「っ!そういうわけじゃないけど……」


そんなもので動揺してどうするんだろうか。アクマと戦う身、そんな小さいことでこんなところまで逃げるだなんてらしくない。

高速で通過していた森を、自分は自らブレーキをかけて止まる。握られていた手をほどき、後ろから追ってくるアクマに顔を向けた。
―アクマに背中を向けるだなんて。

そんな嫌悪感を自分は持ちながら、後ろで何か叫んでいるリナリーに背を向けた。


「そんな逃げるだなんてらしくないさー。正面から戦った方が効率もいいし。すぐ終わる」


高速で「それ」はやってくる。地面に伸びた草をかき分けるように、アクマは笑ってこちらにやってきた。

ポケットに突っこんでいた鉄槌を取り出し、満、と一言つぶやいた。巨大化したそれをアクマに向けると、周りの木々が一度だけ靡く。


「お前、エクソシスト、か。おお、ブック、マン、だな。俺、分かるぞ。お前の膨大な映像と知識が、俺にも、分かる」
「気持ちわりぃなぁ。読み取ってくるなってーの」


分かる、分かると、その巨大なアクマは三日月のような口を歪ませた。どうせアクマ。今ここで殺してしまえばなんの問題もなく解決できるだろうし。焦る必要もない。


「分かるよ。君の後ろに女の子が居て、その子に対してどう思っているのかもね」
「……。本当にアクマってデリカシーが無くって面倒さー」


はぁ、と溜息をついているのは自分だけのようだ。ふと後ろを向いてリナリーを見ると、必死に耳をふさいでいるのが分かる。別に聞いて悪いこともないだろうに。


「別にばれたってどうもないし。ちゃんと仕事してればそういうのとか禁止じゃないからいいだろう。アクマになんて関係ない」
「ふひひ。じゃあ、その子、俺がもらっても……」
「いいわけねぇだろっての!大槌小槌 劫火灰燼 火判!」


森の中に、火の柱が現れる。緑を焼いてしまうのも心が痛むが、それよりも人の心を見られていい気もしないのが本心。

一瞬だけ蝉の声が消えた。しんとした森の中に、木が燃える音だけが耳にこびり付く。カチンカチン。木が割れる音。それから間もなくして蝉時雨が空から降ってきた。


「ほら、リナリー。帰ろうぜ」
「……うん」


手を伸ばし、次は俺が君の手首を握った。細くて折れてしまいそうな手首に、そっと握ってやると、君は小さく微笑んだ。


「あっ!」


せかっく握ってあげたのに、するりと抜けていく。
気づけば彼女はその場に居なくて、首を傾げて辺りを見渡す。焦げた跡と、緑の森だけがそこにあった。一息ついてから、どうしようもなかったのでその場で立ち竦んだ。

見上げれば入道雲が頭上を横断し、影を生み出す。


突然の拘束感。しかしながらそれに苦や嫌悪感など存在せず、優しさと温かみだけが背後から襲った。


「何やってるん?」
「抱きついてる」
「なんで?」
「やっぱり、私の気持ちは私だけのものだって思って」
「……?どういうこと?」
「そういうこと」


あぁもう。どうしてこう、この子はこんなに可愛いんだろうなって。そんなことを考えてたら、リナリーが言っていることも分かる。
自分の気持ちは自分だけのもの。

誰かに見られたらそりゃあ気持ちが悪いのだと、やっと彼女の気持ちが共有できた。


「アクマになんて見られたくない」
「そりゃそうさー。この気持ちはオレだけのもん。オッケー?」
「うん、オッケー」


にやにやと笑いながら君は俺から離れてはくれなかった。

そういう時もいいかもしれない。

そういう時間も、大切かもしれない。

いつか始まる戦い前の、幸せな時間。


緑の森、君は落ちる。
黒の髪、オレは目を閉じる。




の森、に落ちる。
(君の黒髪は、オレだけの――)

2011/06/26

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -