素直は簡単じゃない


「きゃああ!」
 目玉がごろりと落ちたその怪物は、私の方へ一歩ずつ近づいてくる。不気味なその生物は大きな鎌を持ってこちらに向かって振りかざした。私は遠ざかりそうな意識の中、隣に居たラビの腕をぎゅっと握る。
「大丈夫だから、ほら」
 そう言いながら彼は爆笑。私の気なんか知らずに。

 時は遡り、2時間前。きっかけはアレンくんと始まったポーカーだった。
「あはは、イカサマなんてしませんよ、大丈夫ですから!」
 そう言って始まったポーカー勝負。負けた者は勝ったものから一つだけ命令が下されるという理不尽システムの元、全力で戦うこととなった。確かにルールは知っていてもどうしたら勝てるかとか、そういうことを全く知らない私は当然のごとく敗北。勝者はふんぞり返るラビだった。それもこれも全てが仕組まれていたかのように。
「じゃあ俺とホラー映画見ようぜ」
 彼は知っている。私がホラー映画が苦手だということを。それを知っててこれだ。いつかはするとは思っていたけれど、まさかこんなハメるようなことまでしてやるとは。

「ラララ、ラビ!」
「んー? なんさー?」
「なな、何じゃないわよ! やっぱり怖いものは怖い!」
 ぎゅうっと掴んで画面を見ないように精一杯努力はするが、画面上の女性などの悲鳴が耳に入ってくる。そのたびに私は身震いをし、ぞっと背中に冷や汗が垂れる。暑さなんてものはいつの間にかどこか彼方へ消えていっていた。
「ラビ、私本当にダメなんだって。ホント、ホント、なんでもするからぁ……」
「なんでも?」
「な、なんでも!!」
 我ながらバカだと思う。ラビはふざけたようにそれを待ちわびていたように画面の電源を落とす。悲鳴も背を撫でるような重低音もピタリと止んだ。
「じゃあさ、俺とずっといっしょに居てくれる?」
「……。 それは……」
 しんと静まり返った部屋にはセミの音が遠くから頭の奥の奥まで一直線に響いてくるようだった。
 私はしばし彼の顔を見つめる。「ずっと」。それが叶えば私はなんだってしてもいい。それが出来ないことを、彼は、彼は知っているはずだ。いつまでも一緒に居たい。時間なんて過ぎなければいい。彼と一緒に入られるならこんなホラー映画なんてちっぽけなものだ。
「……あ、あはは、冗談だって、マジにすんなよ、ごめん」
「……いよ……」
「うん?」
「そりゃ一緒にずっとずっと先まで居たいよ! ラビとなんて離れたくない! ずっと先まで……、こんな戦争が終わるずっとその先の未来まで、ラビと一緒に居たいよ……」
 ぎゅうっとラビのシャツの裾を握った。顔も合わせられなくて俯いては言葉にならない言葉を小さく呟く。あーでもこーでもないと模索しては首を振る。結局それはわがままなんだろうか。
「ごめん、ちょっとふざけ過ぎたな。怖い思いさせてゴメンな?」
「ラビなんて……ラビなんて嫌い!」
「へ!?」
 滲んだ瞳を見られないように必死に服の袖で涙を拭う。ぼやけたラビがあまりにも大きくて、私は思い切り彼に抱きついた。
「嫌い! 嫌い! 嫌い! ダイッキライ!」
「ちょ、リナリー?」
 バシバシと攻撃力のかけらもないパンチを繰り返し、涙が彼の服に染みていく。分かっているけど、それを認めたくはなかった。怖かった。私はふと顔を上げ、彼を睨みつけて立ち上がる。
「きらい……」
 ボソリとつぶやき、私はその部屋を後にした。当たり前のように彼は後ろから追ってきて私の手を掴もうとする。
「イノセンス開放!」
「ちょ!!」
 私はダークブーツを使って高速でその場を乗り切った。これなら彼に追いつかれる心配は無い。とりあえず上に向かって、気が付けば修練場へついていた。あっという間でなんだかいつもの遠い道のりが馬鹿らしくなる。イノセンスを使えばこんなに早いのかとむしろ関心。それと同時に彼への怒りも溜まりそうだ。

 修練場はいつもよりも人が少なく、ぽつりぽつりと人が見える。人と人がぶつかり合う音。怒鳴り声。甲高い声も遠くから聞こえる。ヒンヤリとした室内がなんだか居心地がいいが、先ほどのホラーを思い出してぞっと背中が冷えた。
「あれ、リナリーじゃないですか」
「アレンくん!」
 さっきはよくも、と言おうと思ったが、ブンブンと頭を振って笑顔で対応する。
「あれ? ラビと一緒じゃないんですか? ホラー映画見ているはずじゃあ……」
「……。」
 私は俯き、近くにあったベンチに腰を下ろす。無言でアレンくんも隣に腰を下ろし、私が口を開くまで何も話しかけてはこなかった。数分たったかもしれない。私が口を閉ざしていた間にアレンくんがあー、とかうー、とか言っているのできっと何かを言いたいようにしている。そういうことだけは分かった。
「意味分かんないよね。罰ゲームでホラー見て、挙句にはあんな事言って。何がしたいのか全く分からない」
「あー、それ…は……」
 ふと隣を見れば、アレンくんは小さく微笑んで照れくさそうに口を開いた。
「彼なりの照れ隠しだと思いますよ」
「……どういうこと?」
「ラビ言ってましたよ。いつかここを出なきゃならないけど、リナリーとは一緒に居たいって」
「……!」
 私は先程とは違う感覚で、背中が冷えていくのが分かった。自分はなんてことをしてしまったのかと慌てふためく。
「おーいリナリー?」
 修練場の入り口でラビの声がした。正直顔を合わせるのも辛い。なのに彼はいつもと変わらない表情でそこにいる。
「い、行ってくるね、ありがとうアレンくん」
「いえ、こちらこそ」
 にっこりと笑うアレンくんに手を振り、私はラビの元へと駆け寄っていく。私を見つけたラビは申し訳なさそうに眉をしかめて笑い、片手を伸ばしている。
 私はこれまでにないくらいに笑顔で飛びつく。それは彼がよろめいて後ろに倒れてしまう程に。大きな音を立てて転んだラビの上に乗っかりながら、しばしの沈黙。
「あははは」
「ちょっ、リナリー!」
 笑ってくれる。私は酷い事を、彼の事を考えてあげられなかったのに、それでも彼は笑ってくれていた。いつでも彼は私のことを考えてくれて私は幸せだった。それなのに、私は彼のことを考えてあげられていなかった。ぎゅうっと抱きしめると、優しく抱きしめ返してくれる。
「ありがとう、ラビ」
 耳元で囁く。なんだかくすぐったいような感情を、彼は盗んでいった。
「じゃあこれから続き見ようさー」
「え」
 ニヒヒと笑う彼と居られるならば、少しくらい、少しくらい我慢できる、かも知れない。

 私の悲鳴が教団に響くのはそれから数分もしないことだ。

 ずっと居れたらいいけど、それが叶わないならば、今を精一杯楽しみたくて。




照れ隠しって人それぞれですね。
2012/7/1


[モドル]

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