離れないで、離さないで


「じゃあね」
 あんなに小さかった君の手が、こんな時だけは大きく感じるんだ。その背中に背負った夕日がまるで僕の気持ちを後押ししていくようだった。
「どうして」
「だってそうしなきゃいけないじゃない。君のためにも、そうして自分のためにも」
 あの灯台に君は行ってしまうのかい。どんなに僕がキミの手を握っても、キミは僕を置いて行ってしまうんだろう。
 君がこの世界の為にした決断だとして、それに僕はどんなに反対したって、キミはそれ以前に僕の手の届かない所に行ってしまっていた。
 それはもう、到底手の届かないところ。
 小さい頃に追いかけっこをして、いつも僕は君を捕まえられた。いつだって僕の方が足が早かったからね。大好きだったあの頃に戻りたいという欲求が、僕の欲望であり叶わない「過去」になってしまった。どんなに目を綴じて脳裏に浮かべたところで変わらない過去に。それは世界でたった一つ信じられる過去の思い出になってしまったのだ。
「灯台主に、キミはなるんだね」
「ごめんね。本当に、ごめん」
「ううん、いいんだよ。キミの決断だもの」
 本当はここに居て欲しい。いつまでも僕を追いかける人で居て欲しい。隣で笑っていて欲しい。これからの未来を僕と過ごして欲しい。それでもキミは行ってしまう。どんなに僕が願っても君の決断なんてものを超えられる、そんな大層な願いなんて無いんだ。
 カラスが鳴くだろう。そうしたら僕は夕方を想像する。キミはカラスを聞いて何を思うんだろう。大好きな恋人、家族、友人。たくさんのものを持っていた。
 ただ僕は羨ましかっただけだった。そんな沢山のモノを持っている君が羨ましくて、羨ましくて。ただだんだんとそれが裏目になって僕が汚くなってくようだったんだ。そんな些細なジェラシーが、僕を谷底に蹴り落としていくんだ。
「僕は君が羨ましかった。なんでも出来て。それでもいつでも僕の背中を追いかけてくれる君が大好きだった。最低な人間だったんだ」
「ううん、キミは大切なものを持っていた。僕には無い、大きくて輝いてた、太陽みたいな未来だよ」
 そうしてキミはその手のひらを離していった。僕らの手のひらの間に風が生まれて、ぬくもりを奪っていく。海に落ちていく君を、僕はただ傍観する事しか出来なかった。大きな水しぶきを上げて、太陽で染まった真っ赤な海にキミは沈んでいく。君の名前を何度も何度も叫んでも、君はそのいつもどおりの笑顔を向けて暗闇に沈んでいく。もう、どんなに手を伸ばしても届かない、本当にもう一生会えない深海へ旅立って。
 あなたの温もりはもう無くなってしまった。胸に手を当てても、自分の鼓動しか感じられない。汚くて腐った自分の鼓動だけ。

 君の思う未来が、本当に美しいように。僕はこんなにも汚くなってしまったのに。それでも信じる未来が、君にはあるんだろう。
 さようなら、僕らの時代。

(大嫌いな太陽に、背を向けて。)









離れないで、離さないで・火に飛び込む虫のように・悲しみを放り投げて」というTwitterの3題文からでした。

2012/03/19




[モドル]


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