観覧注意。





またやってしまった。

そのことに対して自分はとても後悔をし、どうしようもない失望に陥る。
まただ。こう、無意識にしてしまうことに自分でも自分が分からない。
酔ってしまっていたのか。そんなはずはない。ふらりとラビの部屋に立ち寄った記憶もない。それでも目の前、正確には私の下に居る彼の首を絞めていることに変わりはなかった。
気が付いた頃には彼が噎せ返り、咳をしている。閉ざされた喉から一気に入り込む酸素を、私はただ茫然と見つめていた。

「ケホッ……ま、また……か」
「…………っ――。」
「リナリー。ちょっと上、退けようさー」

彼の手により自分は彼の足元に移動され、強く強く抱きしめられる。
この行為に至ることについて、自分も彼もいまいち理由が分かっていない。私が彼を殺したいなんて思ったことも無い。それなのにこうなるということは、殺したい他に何か理由があるからなのだろう。それは理性とは違う、本能的な何かなのかもしれない。

「大丈夫だからな」

それでも彼はいつも私の心配ばかりしてくれていた。どんなに私の手の跡が残っても、怒るようなことは一切しない。それに何故と疑問を抱いても、私は声に出すことはなかった。

「また、覚えてない?」

やっと抜けた彼の腕の隙間から、私はコクリと頷いた。溢れだす眼からの液体に、抵抗もできずそのままそれは白いシーツに呑みこまれていく。

幸いなことに、今日もブックマンは居ないらしい。どうやら遠方へ用事があってここ数日教団を抜けている。帰ってくるのは来週だ。

二人きりの部屋に、周りは新聞だらけ。読んだか読んでいないのか、いつのものかどこのものかも分からない。そんなものが山のように積まれている。ただの情報の塊。

時計は夜中2時を指している。はた迷惑な時間にまた迷惑なことをしてしまったと、自分の頭では理解しているはずなのに。

「ごめんなさいっ……」
「いいんだって。気にするなって。覚えてないことはどうしようも無いんだから。故意的に首絞めてたらそりゃあ怒るけど、そうじゃなんだろ?」

コクリと小さく頷く。
ならいいと言ってくれる彼も優しすぎはしないだろうかと、内心思ったり。


首を絞めるという行為には、自分自身理解がいかない。それは何度も何度も考えた。
自分が彼のことを愛しているし、多少の嫉妬感があったとしても殺したいとまでは思わない。
彼の首にどんどん私の指の跡が増えることは辛く思うし、どうしてそんなことをしてしまったのかも謎のまま。

「しょうがないさー」
「……え?」
「多分それってオレが悪いから」
「何言って……」
「きっとリナリーを心配させていたんだろ。だからきっとリナリーは殺す気なんて初めからなかった。生きているって確認したかったんだろう。だから首を絞めて、息をしているのを確認したかった。そういうことじゃないか?」

生への執着。それが答えとでも言うのだろうか。彼はそう軽々しく言った。
確かにどんなに力を入れていても、最後には手を離して彼が息をするのを見つめている。酸素が喉に通る。それを見たかったが如く、自分の中で満たされる快楽があった。

「生きて欲しかったんだろ。最初から殺すつもりなんてなかった。だからいいんだって」
「わ、私はっ……」
「口元」
「え……」
「笑ってる」

彼は私の口の端をつんと指差した。冷たい彼の体温が、ふと感じる。

チャラけていた彼の言葉も彼方へ消えた。空気が凍りそうになる。私はまた、なにをやっているのだろうか。笑えない。

「いいさ。他に生きているって感じる方法はあるんだから」
「っ……ごめんなさい……!そんつもりはなかったの、これも……無いし――」
「じゃあ証明してみろよ」

怖い。怖い。彼の声も瞳もどれも私の知っている彼ではなくなっていた。私はただ、少しだけ嬉しかっただけだったのに。

「証明なんて!」
「なら、」

そうして彼は私をベッドの真ん中に乱暴に投げた。小さな悲鳴が部屋をこだまする。無理やりされたキスが、私の気持ちを中和して満たしていく。
彼の怒りに触れてしまったのか。それもと彼の計画通りだったのか。そんなのもうどうでもよくなっていた。
溢れだした愛情が、彼の背中に手を回す。

嬉しくて、嬉しくてたまらない。重ねた身体から流れ出す体温が心地いい。
快感に溺れ、そして彼のことで頭がいっぱいになる。何度も重ねた身体も、体温も、これでもかと彼は私に注いでくれる。それが私の生きている証明だろうか。
彼の背中の服を、ぎゅっと握る。





「ラビ」
「……え、なに?」
「愛してる」

気が付くべきだった。
私が彼のことを好きでいることすらも、生きている証拠なのだ。
彼が任務に行くたびに不安に思い、生命の危機を日に日に感じていたことに間違いではない。生と死が隣り合わせであるこの仕事に、そんな不安をいつまでも持っていた自分が悪いのである。

それでも彼と愛し合うこともそれを確かめることも、私は愚かで幼稚な思考回路だったと感じる。少し頭をひねれば分かっていたというのに。


「蟹の鋏」
「……どうしたの、ラビ」
「蟹の鋏ってどうしてあるか知ってる?」
「獲物を取るため?」
「そう。攻撃につかう武器。それからメスへの求愛行動に使ったりもするさー」
「それを今どうして?」
「いいや、それに似ているなって。言葉も、この手も、身体も。生きていることが蟹の鋏なら、あることに意味はあるし、その生きていることが武器になり、リナリーへこうやって愛を伝えることだってできる」

力なく倒れた自分の手をみてふと思う。
彼の首を絞めたことに意味があるのならば、この手をこれから彼にどうやって使おうかと。




蟹の



(できるならば、それは生きることに)






2011/10/02
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