ラビが急にイメチェンをした。どうして、とかそういうのも教えてくれない。とりあえず急に変わった彼を見て、自分は戸惑うばかりだった。


「髪ちょっと伸びたから縛ったんさー」
「あ、そうなの?」


いつもの会話。確かに彼が最近髪が随分伸びたことには気が付いていたけど、今までなら適当に切ってそうなイメージがあったから「縛っている」ということに抵抗は何もなかった。
それよりも私は、そんな縛っている部分よりも、彼の髪の色ばかりに気を取られていた。


「あぁこれ?」


じっと彼の顔を見ていたところ、それに気が付いた彼は前髪をつまみながら小さく首を捻った。
真っ黒になった髪を見て、ちょっと新鮮。というか、あまりそういうイメージが無かったから新鮮というか新生物を見たみたいな衝動だ。


「なんか今科学班がいろいろ実験しててさぁ。この髪も洗ったらすぐ戻るんだけど。いろいろ楽しそうだったから混ぜてもらったんさー」


楽しそうに話すラビを見ていると、どうしてか自分もこう、楽しくなってきてしまう。それが彼からの魔力のようで。
新鮮すぎるラビを見て、自分もふと思う。

確かに自分の髪は自慢だし、真っ黒さも自慢だった。けれどまぁ、他の色に魅力が無いわけではない。おしゃれもしてみたい。どうしてもエクソシストなんて立場だと「オシャレ」なんてものに時間を割く暇もあまりない。


「科学班、今第6実験室に居るから行ってみる?」
「うん、ちょっと気になるかも」
「おおう、リナリーが乗り気!」
「だって女の子だもの、気になっちゃ悪い?」
「いやいや。オレもリナリーのイメチェンとか見てみたい!」


ちょっと胸がドキドキ。科学班っていうだけでハラハラして、となりの恋人にやっぱりドキドキする。

小さく深呼吸。

ちょっと髪色が変わっただけ。
ちょっと長くなった髪を結っているだけ。

それなのに飛び出そうなほどの心臓が、止んでくれない。どうしてしまったのか、自分。そんな疑問符を頭にいくつも付けながら実験室へと軽い足取りを進めていく。





ボフン――

ドアを開けると、煙が部屋中を充満していた。やっぱり科学班は危ないことしかしていない。なんて。

見ればリーバー班長がマスクをしながら何やら危なそうな液体を扱っている。紫色と、説明しにくい濁った液体と、白濁のドロドロした液体を中心にある三角フラスコに集めている。
え、髪色を変えるだけじゃないの?と自分自身も一緒に実験をしていたジョニーも同じ感情を持っているようだった。


「あぁリナリー。ラビから話聞いた?今、今度のコムイ室長の誕生日会の出し物用に色々作ってるんだけど、試す?」
「えぇーっと、いやぁ……」


科学班の一人が私に向かって笑顔で話してくる。最初はやる気満々だったけど、ここまで来ると「不安」の一言である。
そもそも兄さんの誕生日会用って、何かトラウマしか感じられない。誕生日なんてしないのに、急にどうしたのだろうか。誕生日という目録の、ただの化装パーティーになるのが目に見えている。

でも。それでもこの教団の「気休め」になってくれたら、とてもいいのかなって思う。それに協力するのもまた、悪くは無いような気がした。


「何色があるの?」
「……! おお、乗ってくれるのか!あぁ、サンプルはだな――」


そうして出された色とりどりの液体サンプルをみて、とても楽しいことをしているんだなって思う。
でも、それでも自分の髪の黒さが間違えて無くなってしまわないかとか、そういうのがとても不安だった。


「あ、大丈夫。洗えば落ちるし、洗わなくても24時間もすれば元通りに戻るよ。その辺は科学班だから信じて大丈夫」
「大丈夫?」


大丈夫という言葉自体が大丈夫じゃないってことは分かっているけれども。それでも私はその数々のサンプルの中からこれ、と指を指す。
そのサンプルをフラスコに入れて、違う液体と混ぜていく。科学班っていつもこんな実験ばかりしているのだろうか。それはそれで面白そうだけれども。


「……ひゃあ!」


眼の前が急に真っ暗になった。それは突然すぎるもので、言うならば頭に何か被されたかのような感覚。不安になって隣に居たラビの手を掴んでしまう。
いつもより少し冷たい手が、私の手の平に伝わってくる。ぎゅっと握ると握り返してくる。大丈夫、と小さな声も聞こえた。


「よーし、もう大丈夫だよー」
「へ?どういう……?」

何時の間にか閉じていた瞳を開けると、タップとジョニーが鏡を持ってにっこりと笑っている。
そこには、私のような、私じゃない人間が映っている。髪一つでここまで変わるんだって、本当に、本当に感激した。

要望はピンクブラウン。教団の中に居る女性で茶髪の人に憧れていたというのもあった。


「おぉーー。それじゃあリナリー、次は髪型と服さー!」
「え……え!?何それ聞いてないっ」
「イメチェンならちゃんとイメチェンしないと!」


何か忘れているような気もするけど、科学班の皆に忙しくも手を振って自分は部屋を後にした。
引き摺られるように廊下に出て、ずっとまっすぐの廊下を走って、突き当りを左に曲がった。教団の中でもほとんどこの階には科学班の一部の人しか立ち寄らないような場所。それは自分でもよく分かっている。


「どうしたのラビ、急にそんなに急いで。そんなに急がなくても時間ならまだあるし」
「嫌だから」
「……何が?」
「リナリーが、誰かに見られるのが嫌で……」
「どういう……」


独占欲、と彼は言う。
しゃがみ込んだラビを、ただ自分は茫然と見下ろすことしかできなかった。膝に顔を埋めて、一人でブツブツとつぶやき出した。


「可愛かったんさー……」
「……えっと、それは……」


独り占めにしたかった。

それは、それは私のセリフだったのかもしれない。
ラビを見てドキドキした。いつもと違うってだけでどうして人間はここまでときめくことができるんだろうか。心拍数が早くなって、彼を直視することもままならなくなって。自分がロボットみたいに壊れていくようだった。それこそ、頭の螺子がどこか無くなってしまったかのような感覚。

一緒にしゃがんで、私はラビの頭を撫でた。いつもと変わらない、やわらかい感触。喉の筋をすっと撫でて、毛先を掴む。愛しい彼を、独り占めした優越感に頭が支配されていく。


好きだって実感する、今この瞬間。






2011/08/03

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