ラビ×リナ

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ラビ・三年生
リナリー・一年生
神田・ラビの同級生、幼なじみ



すれ違い様に果実のような甘い薫り。長い黒髪は一歩歩く度に、ポンポンと背中で跳ねている。
初めて君と会った時は、そんな目を引く少女だった。

春。高校生活最後となり、気も張り詰める時期。祖父の後を継ぐと小さい頃から決まっていたので、周りのように急ぐ事も殆ど無い。浮いた雰囲気の中、笑えば冷たい目で見られ、自分は居場所なんてものをクラスで見出だせないでいた。


「ユウは進学?」
「は?何回も言ってんだろ」


親友で同級生のユウは、パッツン前髪の奥から鋭い睨みを利かせる。あははと適当に笑うと、舌打ちをしてはまたノートに張り付いた。


「てめぇは進路決定してるからな。この忙しい時期にあんまりチョロチョロすんなよ」
「……………。いや…」


口ごもる。
きっと、邪魔なんだろうと思うけど、ユウだけは少しばかり「居場所」なんてものを作ってくれていた。
彼の隣はちょっとだけ違和感のある唯一の自分の居場所。


「ユウ、オレ図書室行ってくるさー」
「………は?もう5時間目始まるぞ」
「すまんさー。先生に言っておいて」
「っておい!」


居場所なんて、きっと自分で投げ出すから消えていくんだろう。ユウはそれでもいつも不器用に作ってくれるけど。


一人でよかった。
一人がよかった。
どうせ周りに適応出来るほど、自分は器用な性格なんかではないのだ。
当たり前を受け入れられなかった。自分も皆みたいに受験勉強とか、就職活動もしてみたかった。しかし自分が生まれた時から将来なんて決まっていたからしょうがない。

落胆。断念。失望。

あぁ、自分は真っ当な人生してないんだなって、今更感じてしまうのだから。



ガラガラ――


昼休みの図書室、休み時間が終わる直前には人の出入りが慌ただしい。そんな中で自分だけはゆったりと入っては奥の奥、世界の歴史、なんてマイナーな棚の前に佇んだ。

そこで鳴ったチャイムは、自分の心に追い撃ちをかけていく。
ガヤガヤと騒がしい室内は、そんなチャイムが鳴る数秒前に止まっていた。

そのかわりに聞こえてきたのは、啜り泣き。



……………啜り…泣き?



頭の中で疑問符が幾つも現れた。それも距離はそう遠くはない。

幽霊?まさかー……


はは、と思いながらもビクビクとしているのは女々しいと自分でも思うが。


「…………ッ…ひっく…」


居た。
世界の歴史コーナーと壁の小さな隙間。膝を抱えて彼女は泣いている。


「あ、あのー……」
「…………えっ」


それはあまりに奇想天外だったのか、顔を瞬時に上げた。涙で目が腫れて、頬を真っ赤にする。前髪も涙で濡れていた。
綺麗な綺麗な黒髪が、無残にも乱れている。


「なんで泣いてるん?」
「……あ……いや…」
「まぁこんな得体の知らない人間に言いたくないのが当たり前さー」


最初はそうだ、廊下で。
あの時に体中に駆け巡った血液。いつもそのまま歩いていくのに、後ろを振り替えざるを得なかった。

あの時の彼女。声を掛けない方が無理だったのかもしれない。

自分は小さく笑うと、彼女はウルウルと更に泣き出す。


「す、す、すいません……私どうも涙もろくて…」
「あー、そうそう。実はオレもそうなんだ」
「ぷっ……らしくないですよ」
「あ、バレた?」


彼女の笑顔は、さっきまでの泣き顔よりも100倍殺傷力があるのだ。
運よくハンカチを持っていた自分は、そっと彼女に手渡した。
真っ白の自分らしくも無いハンカチ。


「ありがとうございます……」
「気にすんなー。まぁそのうち返してくれりゃあいいって………」
「すみま……せん。あの、先輩……?」


ぐずぐずとそのハンカチで涙を拭う。少しの間があってから、口を開いた。


「……チャイム鳴ってますよ」
「ん、あぁ……いいんさー。オレ授業なんて単位落とさなかったらそれでいいし」
「…………?…先輩…2年生なんですか?」
「んやー?3年生だけど」


彼女の言いたい事も分かる。勉強しなくても大丈夫なのか、ということだ。
彼女ね隣で自分は腰を下ろす。ふと見上げた本棚は、年季が入っているためか少しだけ曲がって見える。


「オレ就職決定してるからさー」
「え、まだ5月ですよ?求人とかまだ先のはずじゃあ………」
「おっ、詳しい。そうそう、一般なら7月くらいとかにならないと求人票は来ないさー」


えっ?と言わんばかりのキョドった顔。大きな瞳がさらに大きくなった。


「せ、先輩は一般です!」
「……ぷっ。え、何それどういうことさー?」


思わず吹き出してしまった。あまりにも彼女が力説してくるものだから、自分は笑いを堪えることが出来なくなってしまっていた。


「だって……。さっきから“授業なんか”とか、“三年生だけど”とか、“一般”だとか。あまりにも今の現状が嫌みたいな言い方をしてる……」
「…………………。」


嫌?現状が?
笑いが急に静まった。閑静な図書室は、オレらの息の音以外無くなっている。


彼女の顔を覗き込むと、潤いの多い瞳の奥で、強い感情が伺える。
何故だか、自分は急に情けなくなった。


「先輩は…………馬鹿ですか?」
「ばっ………!?」


バチンと両頬を軽く叩かれた。


「笑い方、下手。もっと心から笑ってください。寂しいってすぐ分かりましたよ」
「……え、え」
「居場所はここにあります」


まるでそれは、オレの心を読み取っているようだった。
パズルのピースが嵌まったような落ち着きさは、多分そんな自分の居場所が少しでもあるからだったのかもしれない。


涙なんて疾うに消えていた彼女は、目の前に現れた天使みたいだった。







「なぁリナリー」
「なに、ラビ」
「オレさ、自分で自分の道を考えるよ」
「うん…………。がんばってね」
「あぁ。それじゃあ、またいつか」



目を閉じれば碧。
図書室の窓から降り注ぐ陽と、桜の花びらが本に落ちる。
居場所は移り、日が変わる。きっとここは終わりじゃなくて、始まりだってずっと祈るから。

バイバイ、ばいばい。





2011/07/08
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