デビット×オリキャラ



クロスからの請求書が、また新たに見つかった。
新たに、100ギニー。ひゃく、ひゃく、ぎにー。


「くそっ……。あの野郎、また俺らにツケやがって………」


ぐしゃぐしゃとその紙を丸めてごみ箱に投げ込んだ。紙はごみ箱の縁にあたってワンバウンド。外れてどっかに消えた。

クロスを追って早2日。居たであろう家には酒の残骸と請求書だけが残っていた。夕日が落ちてきて、アクマと一緒にカラスも飛んでいる。


「あーぁ。なぁーんかつまんねぇ」


家の縁側に座り、そんな空を見つめて上を見る。バタンと体を倒し、ふと目を閉じた。
いつか楽しかった日々があったのかもしれないな、なんて。
いつまでも子供なんかじゃない。もう大人になりたいのにちっとも体やら心は成長してくれやしない。
クロスを探すなんて、馬鹿馬鹿しくて早くやめてしまいたいのに。何て言ったらまた千年公に怒られる、か。別に自分がノアの家族が嫌いなわけじゃないし、むしろ好きだ。だから、そのために頑張るのも当然のようなものだった。


「……。空は紫。青い空は遥か先、とか」


自分らしくもないことを言って、馬鹿みたいに一人で笑ってやった。爆笑の渦は10秒もしないで去っていったけど。
ため息吐いて、起き上がる。鶏が駆け回ってる庭を、自分は見下すように見た。


「おい」
「…………っ!」


草影から小さな影が飛び出している。ガリガリと頭をかき、もう一度声を掛ける。


「お前、ほんと隠れんの苦手だから止めた方がいいぜ。よくこの江戸で今まで生き残ったよな」


むしろ感心。こんな状態の江戸で人間、しかも子供が生き残ってるのが奇跡的だ。
びくびくとしながら子供は草むらから頭を覗かせた。18歳前後の普通の女の子。長い黒髪は草むらの中にいたためか、少しばかり乱れている。


「…………。人間じゃ……ない………?」
「いや、人間だけど」


まぁノアだけど、なんて言って彼女に通じるわけもない。適当に嘘ついたってどうでもいいし。


「貴方はっ……ここの、人間じゃない………」
「だから?」


だからなんだよ、とそこまで彼女は言わない。口ごもったまま、ぺたんと膝を地面に付けた。言葉より先に出たのは涙だった。

この戦争には数多くの犠牲からなる。そして犠牲の上に俺らは居るのだ。なのになんだ。そんな犠牲の一人であるただのちっさい小娘は、この俺の前で泣くんだろうか。


「くそ、面倒だな……」


思い腰をどっこらと上げる。ひっくひっくと嗚咽する声が段々と近くなってきた。
泣くのは嫌いだ。メイク落ちるし。


「おい」
「ぐすっ……なん…ですか…」
「なんですかじゃねぇっつーの。とりあえず家入れ」
「えっ…………はい?」


本当に分からず屋である。正直ここまで来て、彼女が何も気がついていない方が珍しくて。

無理矢理腕を握り、家の中に放り投げた。きゃっ、と小さな悲鳴。そしてなによりも、思っていたよりずっとずっと細かった手首に自分は仰天する。


「てめぇちゃんと食ってんのか?」
「…………あまり食べていないですが……」
「ふーん」


そりゃそうだ。こんな国で食べ物もろくにありゃしない。そんなのどこの人が見てもわかる。それはこの少女にもちゃんと分かっているようだ。


「ご飯は……。ずっと家にあったものとか、店頭に並んでいるものを盗んで食べていました。もう、この街には人なんていません。そんなの私だって見ればわかります」
「んで、そこまでしてなんで生きたいんだよ」


ここまで来ればニンゲンは諦めるか、心に闇を生み出す。そうして千年公に見つかりアクマになる。しかしこの、目の前の少女はニンゲン。少女でありアクマじゃない。体内にダークマターを宿しているわけでも、心に深い闇があるわけではない。


「私は、多分、ただ呆然と生きたいだけなんです。他の人間なんて私には関係ないんです。誰かに頼って生きてきたわけでもないです。私が生まれた頃からここはアクマばかり。私が小さい頃には両親も居なくて、気がついたらひとりだった。それで終わりです。他に深い理由も無いです」


無理やり笑っているのが、少し離れた位置でもはっきりと確認できた。頬を釣り上げ、目を細める。それとも笑い方を知らないのか。そんなこと、自分にとってはどうでもいいことなんだろうけど。


「生きたい?いいえ、生きないといけないんです。生の連鎖を、私は止めてはいけないんです。なのに、人間は居ない。私はこのまま死ぬんでしょうけど」
「はっ、何お前。諦めてんの?」
「ええ。でも最後まで生き残ったら、カッコよくないですか?」


ぽかんと口を開く。
さっきまで泣いていたのは誰だ。どうしてここまで前を見て、未来を信じていけるのか、自分には分かりっこなくて。
かっこいい、なんてものでこの少女は今まで生きてきたというのか。


「ギャハハっ、マジ?そんなモンでお前今まで生きてきたの?」
「お前なんて。私にはサクって名前があるんです。それに生きる理由なんてなんでもいいんです」
「へぇーー。ずいぶんクレイジーな思考の持ち主だこと」
「く、くれいじー?」


ちょこんと畳の上に座っているの女の姿に、いつしか自分は心を惹かれていた。今まで生き残ってきた彼女の精神と体力。そんなモノに自分はきっと、憧れのようなものを感じていたのかもしれない。


それからというもの、彼女は今までの武勇伝や生き様なんてものを永遠と繰り返して話し続けた。それは自分にとってともて楽しくて、嬉しくて。
彼女が楽しそうに話すとき、自分にはとても複雑な気持ちに陥った。きっとれは、今だけのものなんだろうって。

彼女は「犠牲」でしかない。
その犠牲に心を移しているなんてバカみたいだと、そんなこと分かっているのに。


「……それでね、頭上を――」
「なぁ、サク」
「え、あ、え?」


これから先、彼女に会えるとは思っても居ない。この江戸もきっともう終わりだ。
戸惑いも、迷いも、嬉しみも悲しみも。すべてがゼロになる。

そっと頬を寄せた。彼女の頭を自分の胸に押し付けた。それで何かが変わるわけでもない。ぬくもりが伝わってくる。生を、彼女は持っている事が、何よりも嬉しく思うのだ。


「人に会えたのが嬉しかった。貴方に会えたのが、嬉しかった。きっと死んでしまうんだろうって分かってたけど、本当は怖くてしょうがなかった。だから、貴方に会えたとき、本当に、本当に、嬉しかったの」
「バカ野郎。泣かせるなって」


へへっと笑ってやると、彼女は胸から顔を離し小さく笑う。あぁ、笑えるんだ、って今更になって気がつく。こんな愛しい顔をするんだなって、思える。

ごめんなさいと君は謝る。
それはこちらのセリフだというのに。君の恐怖を与えたアクマの仲間だというのにね。


「じゃあな、オレは行かないといねぇんだ」
「……そう…ですか」
「まぁ待ってろ。そのうち来てやるって」
「ホント?嘘じゃない?」
「あぁ、オレは嘘つかねぇって」


それが嘘だということを、彼女は知っていると思う。バレているのも気がついているけど、それでも彼女が笑うなら何でもよかった。

立ち上がって当たりを見渡すと、ニワトリがこちらに向かって大きく鳴いている。睨んでやっても逃げるどころか鳴くのを止める気配もない。空気を読まないったらありゃしない。


「じゃあ」
「ええ、また今度」


サクの髪をクシャッと乱し、一度軽く撫でてやる。自分らしくないなって思うけど、それでも嬉しいなんて。君は人らしく、頬を染めて上目遣いでこちらを見てきた。きっときっと、君はオレを乱していくことを分かっている。そんな罪な人間なのだ。




江戸の街が消えたとき、君は何が見えたんだろうね。
それは紫色の空だった?
それとも青色の空だった?

カラスは、飛んでいた?人は居た?街は賑わい、笑い、悲しみ、いろんな感情が入り乱れていたか?

ばいばい、サク。

おやすみなさい。小さな少女。





って

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