ひっそりと彼は佇む。
部屋の奥でひっそりと、新聞を隅から隅まで読んでいく。彼は記録者ブックマンの後継者。眼帯をつけた青年。





「ラビ、ご飯の時間よー」
「もうちょっと待って。もう少しで読み終わるさー」


視線は新聞から離れることはない。カサりと紙の擦れる音がなった。

人のいない広い部屋で、彼は淡々とページをめくっていく。私は入口から顔を覗き込み、そんな彼の姿を見ていたが、一向に読み終わる気配がしない。
そっと入って、近くにあった椅子に座る。照明の当たらない場所で、薄暗くて本棚にある本の背表紙すらよめっこない。

任務続きだった私とラビ。すれ違いばかりで最近は殆ど会っていなかった。1ヶ月もあわないと、髪が伸びたような、そんな些細な事にも気がついた。それが嬉しいような、悔しいような。

貧乏揺すりをしながらただ彼が読み終わるのを待っていた。記録者であるブックマン。その後継者のラビが新聞やら資料を読むのは日常かもしれない。だけどもう少し休んだらどうかな、とか思うわけで。

「あ、そうだ!」

しんと静まり返った部屋に私の声だけが反響して帰ってくる。

「何かあった?」
「ううん、ラビせっかくの休みじゃない!買い物行かない?ご飯食べにいかない?」
「え、街に下りるの?別に俺は構わないけど………」

パタンと閉じられた新聞に、私は多少の心臓の高鳴りを感じた。
いやしかし。考えてみたら私が嬉しいんじゃ意味が無いというか。

「あー、ラビ、本当にいい?」
「そこまで言っといてなんだよ。久しぶりのデート、俺だって楽しみなんさー」

ニコリと微笑む。そんな姿に私は返すように笑った。




とは言っても陽は随分前に落ちていた。
兄さんから(ごまかして)許可を貰い、今日ばかりは外でご飯を食べていいことになった。なんにしろ、エクソシストだとバレないように私服にしなければならない。任務とかそうゆうの無しに、という小さな兄さんからの心遣いだった。
考えてみたら私服も沢山持っている訳でもなく。困ったと衣装ケースとにらめっこした。




「お、お待たせ……」

先に教団の外に出てもらっていたラビに、私は柱の影から顔だけを覗かせる。ラビは近寄りながら首を傾げている。

「なに、恥ずかしいの?」
「あーいや、その……ひゃっ!」

腕を引っ張り、私は倒れるかの勢いで彼の前に出ていく。あぁ恥ずかしい。
確かにデートに行く服がいつも同じだったのが嫌だったけど、だからってこれはちょっとはずかしかった。いつもよりちょっと短いスカート。胸元も開いてるし。

「…………。」
「いや、その……服が……あんまりなくって、その………」
「リナリーいつからそんなに大胆になったんさ?」
「だ、だからぁっ!」
「なんつって。似合ってるよ。でもちょっと大胆だからこれ着てて」

そう言ってラビは、自分が着ていた上着を一枚脱ぎ私に渡してくれる。

「でもラビ寒いよ……?」
「風邪ひいたら看病頼むさー。それにそんな薄着で外に出ているほうが問題だと思うけど」
「うぅっ………」
「気にすんなって。後でいっぱい奉仕してもらうから」

そう一言残して、ラビはすたこらと先に進んでいった。私は慌てて上着へ袖を通す。当たり前だがサイズが違い、指の先まで袖が届いている。丈も着ているスカートよりも長い。全部隠れてしまうんじゃあんまり意味無かった気もするような。


ファインダーさんに船を出してもらい、私達は街へと向かった。
そもそもラビと私は街になんて久しく行っていない。
だからなのか何なのか、先ほどから一言も喋っていない。喉まで出かかった声を、唾を飲んで抑えた。
話したいのに話せない。うずうずした気持ちが頭の中を渦巻いた。


街に下りると人が溢れかえっていた。右から左から、前から後ろ。人の波は止まりはしないようだ。


「ラビっ、ラビ!これ凄い可愛いよ!」
「んー?お。オリオンの新作じゃん」


歩道に近接する店達は、今流行のお菓子だったり玩具だったり、そんな物が美しくもショーケースに入って見せびらかしてくる。
夜でライトがつけられ、そのチョコレートやケーキはまるで星たちみたいに輝いて見えた。女の子なら飛びつかないわけもなく。


「流石ラビ。そう、オリオンが新しいお菓子発売したの!ちょっと気になってたけど、全然買いにも行けなくって………」
「リナリーが女の子らしいさー」
「え、酷いっ……!」


張り付いていたガラスから慌てて振り向くと、声を潜めながら器用に爆笑している青年が一名。酷いったらありゃしない。


「あ、リナリーちょっと待ってて。買ってくるから」
「えっ!え、ちょっと、ラビ!」


いいのにそんな、なんて言おうと思ったらもうそこに彼は居ない。もう、なんてニヤケながら彼が帰ってくるのを待つ。


そもそも、私たちはエクソシスト。普通とは掛け離れた存在なのだ。それなのにラビとデート、だなんて暢気なことをしていると自分でも思う。

人の波。この中にアクマは何体あるんだろうか。人の皮を被った兵器が今もまた作り出されているというのに。ぶんぶんと頭を振っては、ラビが帰ってくるのを待つという楽しみ。矛盾した思考が私を惑わせてくる。


「たっだいまさー!あれ、元気ない。どうしたー?」


それでも彼は笑ってくれる。顔を覗き込んでは、手の平を上下に振って意識を確認してきた。


「うおっ、リナリーなんで泣いて――」
「ラビ、公園行こう」
「え、あ、うん。分かった」


申し訳ない気持ちでいっぱいだった。自分が何をしてるのか、とか、やっぱり自分勝手なことばっかりしてるな、とか。
泣くな、泣くな。バッカみたいじゃない。

ラビに手を握られ、一歩ずつゆっくり歩いてくれた。さっきから上着の袖で涙を拭っていて、袖が色を変えていた。これラビのなのに、なんて考えたらさっきより少しだけ涙が早くなる。


街の人混みから離れ、人の殆ど居ない公園へと入った。
中心には噴水、その回りには木々とベンチ。一つ二つあった街灯の近くに私たちは座った。


「………リナリー、どうした?」
「……。なんでも、ないの。なんでもないの、本当に」


だってこんなこと、いつも当たり前の風景。同じ人間を敵みたいに判断するのは、エクソシストになった時に知らされていたはずなのに。疑うことが、少しだけ怖かった。

噴水の水が循環して回る姿は、自分の気持ちをせかしてくる。しかし気持ち悪い胸の靄は、一向に晴れてくれない。


「お腹……すいた」
「へ?」


裏返った声でラビは言う。期待ハズレですか、なんて言えなくて。そういえばこれはラビの為に外出したはずなのに、気付けば私の空回りの連続。なにしてるんだろう、私。


「晩御飯、どうしよっか」
「リナリーがいい」
「……………え?」


次に声を裏返したのは私だった。ふざけた顔をして、私を笑わそうとするラビ。そんな彼に騙されながら私は口元を緩ませる。


「なんちゃって」
「ひゃっ…………」


頭をぐしゃぐしゃにされて、ちょっと身長の高いラビを下から睨みつけたら笑われた。
ぐしゃぐしゃにした挙げ句、私の頭を軽く二回叩いた。


「リナリー、らしくないさ。いいんだぜ、オレの前で我慢なんてしなくってさ」
「ん、あり…がとう」


そうだ、そうだと頭に言い聞かせ、最後の涙を拭った。街灯の光りがあまりにも強かったのを覚えている。


「肉、食べたいなー」
「お肉?」
「好物は肉っ!なっ、リナリー行こうぜー!」


それが彼成りの気遣いだと、私は直感で読み取った。うん、と笑顔で答えると、ラビは立ち上がって私の涙で濡れた腕を引いてくれた。



世界で人が死んで、アクマがどんどん増えている。でも、それを忘れて女性のように生活するのも、また、新たな発見に繋がるかもしれない。なんて無理にこじつけ、最終的に肉を食べて二人で帰ってきた私とラビ。

いつか、いつか、きっとあるはずの未来。必ず掴むと誓う今日。

赤毛の彼の髪が、そっと揺れた。



れてまた明日

――――――
実はラビリナ初めて書いた処女作なのだ。

2011/06/29




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