焼身幻想■■■
in a haze
掛川と香田と國田
私は夏に属する人間、だと思う。夏に生まれて、夏を名に負う。私の冷たさは、冬においては避けられる。
けれどたまに、夏がこわいときがある。熱気に肺が押し潰されて手も動かなくなって音が出せなくなる。ぐにゃりと変形して固まって、悲鳴も上がらない。
マーチングの練習は嫌いだった。野球部の応援のために外で吹くのも嫌いだった。体育祭は、テントの下で吹くから良いけれど、クラブ行進の前にあるマーチングだけは、やっぱり吹きたくない。
楽器は、炎天下で吹くものじゃないと思う。まだ夕暮れなら良いけれど、日光が楽器を傷つけるような真っ昼間に、とか。オーボエとコントラバスは外で演奏できないので朔も千崎も、パーカッションのパートリーダーのもと、慣れないスティックで手にマメを拵えている。
あまり顔に出す方ではないと言うことは自覚もしている。だから、何でもない顔をつくって、流すように、ため息をはくようにDの音を鳴らす。
「彩夏、暑くない?」
変に上擦ったイントネーション。暑く、は普通だけど、ない? がちょっと高い。
「暑いです」
「みんな涼しいかおしてさー、もうおれ暑くてとけそー」
香田先輩の薄い背が丸くなる。
「終わったらアイスだって、名倉先輩言ってましたよ」
「まじで!? やったー! ダッツおごらせてやろーぜ!!」
満面の笑顔で両手を振り上げる。眩しくて目を細めた。
Tシャツからのびた腕も、ハーフパンツからのびた脚も、男子平均からすれば白くて華奢だ。吹奏楽部にはがっしりした体型の男子はあまりいないけれど、先輩のそれは、かなり際立つ。
けど、あれ? こんなに先輩の腕は細かっただろうか。日の光に透ける肌の白さに背中がそそけ立つ。これじゃ、まるで、
露に濡れた紫陽花を思い出す。暗い廊下を思い出す。金切り声、霧雨にあたりながら歩いた帰路、香の匂い、そしてーーー
「掛川さん」
肩を叩かれて正気に戻った。國田が、きょとんとした顔でこっちを見ていた。
「めちゃくちゃぼーっとしてるけど、大丈夫? 熱中症? 水飲んでる?」
飲んできたら? と、水飲み場を示す。
「大丈夫」
「そう?」
なら、いいけどー。國田は呟いて、トランペットを構えた。
振り返ると、氷炉木とアオキが、京終のスネアに驚いていた。
「……」
前を向くと、藍埜が今年のコンクールの譜面に感動していた。摘草が古嶋に泣きついていた。椎原と佐原が、宮下をかわいがっていた。
私は今、三年生だ。
香田先輩は、この前。
「……あ」
口ならし代わりに國田が吹いていたのは、去年の夏のコンクールの課題曲だった。
ああ、だから、
自分も楽器を構える。音を出したら、何も考えなくなるから、そしたらもう先輩は見ないかもしれない。
追悼。
さよなら、先輩。
「そんな夢を見たんです」
墓石に向かって一人の少女が呟いた。その言葉の宛先はもうないことを少女は知っていたから、少女は呟いただけであった。
整然と無機質な石が立ち並ぶそこに、彼女は一人だった。蝉がうるさく喚き、太陽も、音を伴っているかのように彼女と灰色の墓場を焦がし続けた。その墓の前には、すでに花が供えられていた。涼やかな色を持つ数本の花が、束ねて生けてあった。
少女は、先程心に思い返した情景が、やはり夢であったことを知っていた。高校三学年の夏、彼女はとっくに部活動を引退していた。
少女は手を合わせた。形式的なはずのささやかなそれは、けれどどこか哀しさを纏っていた。
少女は立ち上がり、墓に背を向け歩き始めた。
『ありがとう』
どこか儚さを帯びた少年の声が、その場に漂って、消えた。
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