掌の上の未来

 私の働くコンビニの店長は厳しい。例えば商品の列が乱れていたりするとすぐに「ここ、フェイスアップがなっていません」とか言われるし、レジのドロワーのお札が同じ向きになっていないと「誰です、千円札を表裏逆に入れたのは」ってちょっとムッとした声が飛んでくる。バイト仲間の中にはそれが細かいから嫌だと言って、店長と同じシフトに入るのを避ける人もいるくらいだ。私は特にそういうこともないので入れるところに入っているわけだけれど、最近いつも入っている時間帯の相方さんが辞めてしまったせいで店長と組むことが多くなった。

 「退勤まであと五分ですね」
 「はい。観月さんはこの後発注ですか?」
 「ええ……さっきチルドが入ってきたので、検品だけしておいてもらえますか?」
 「了解です」

 携帯型の防犯用リモコンを次のシフトの人に渡して、スキャナを取る。数分前に来たチルド便は、プリンが発注より一つ多かった。

 「観月さん、プリン一個多いです。修正していいですかー?」
 「ああ、お願いします。珍しいですね」
 「ですねー。いつもぴったりなのに」

 それだけ修正して商品を冷蔵庫に仕舞い、私も退勤の処理をした。今日はシフト二つ分を通したから少し疲れてる。

 「お疲れ様です、店長」
 「はい、お疲れ様。それと、何度も言うように僕は店長じゃありません」
 「いやー、だって店長より店長っぽいじゃないですか」

 少しふてくされたように否定する観月さんに思わず笑ってしまう。実は、みんな彼のことを店長と呼んでいるけれど、観月さんは店長じゃない。バイトをまとめるマネージャーという立場の人で、本業は大学院生だ。本当の店長は別に赤澤さんという人がいるのだけど、発注や在庫管理、その他の事務処理が全て電子管理になってから何かと面倒を見ている内に、観月さんがその辺りを任されることになってしまったとか。肝心の赤澤さんは本社の方に出向いていることが多く、店の方ではあまり見かけない。

 「木梨さんも、今年で卒業ですね」
 「そうですね。なんだかんだ四年間、お世話になりました」

 そう、私も今年で大学を卒業する。つまり、このコンビニで働けるのも年度末の3月まで。観月さんとシフトを組むのももうあと半年くらいだ。

 「あなたは仕事の出来る人ですから、手放すには惜しい人材です」

 発注作業を続けている観月さんが何気なく言ったその言葉に、私は思わず目を見開いた。そんな風に思われていたとは。

 「レジ打ちも速いですが、何よりミスがないのが素晴らしい。あなたがレジに入っていて誤差が出たことはほとんどありませんから」
 「はぁ。そう、でしたか……?」
 「ええ。不測の事態にも素早く考えて対処できる人は少ないです。この前の電子マネーの返品も、完璧な処理でしたし……おや、腑に落ちない、という顔ですね」

 発注端末の画面から顔を上げた観月さんは、私の顔を見て怪訝そうな顔をした。

 「あ、いえ。意外だなって思って」
 「僕は事実を口にしたまでです。意味のないお世辞なんて言いませんよ」
 「えーっと……ありがとう、ございます」
 「お礼を言われるのも変な話です」

 そう言って観月さんは喉の奥で笑った。

 「就職は決まったんですか?」
 「えっ」
 「就活の話ですよ。それとも院に行くんですか?」

 店長、その話は地雷です。

 何を隠そう、私はこの時期になってもまだ就職先が決まっていないのだから。今まで受けたところは全部綺麗に落ちていて、きっちりお祈りメールを頂いている。ほんと、氷河期舐めてました。

 「あー……まだやってます、就活」
 「……まさかとは思いますが、ひとつも内定をもらっていないわけじゃないですよね」

 そ の ま さ か な ん で す よ 。

 察してください。私のHPはもう0です。

 「もらってないというか、ですねー……」
 「その顔は図星ですね」
 「う……」
 「まったくあなたという人は……差し詰め最近人手が足りないのを気にして説明会にも行くに行けないのでしょう」

 読まれてる。

 「だ、だって、店長が面接に来る人みんな不採用にするからじゃないですか!」

 指定の時間に五分遅れたとか、履歴書に不備があるとか、なんだかんだ文句を付けて採用しない。人手が足りないっていうのに! っていうか、それって赤澤さんの仕事じゃないの? 観月さんがやっていいの? ってたぶんみんな思ってる。でも私の面接もこの人だったし、もう何も言うまい。

 「それとこれとは話が別です。変な気遣いをする余裕があったらもっと自分の将来に真剣になりなさい」
 「……ごめんなさい」

 観月さんの言うことはいつも正論だ。未だに内定のひとつももらっていない私に呆れたのか、観月さんがやれやれ、と溜息を吐く。悔しいが謝るしか無い。

 「今後あなたが平日に入る時は早朝シフトのみとします」
 「えっ」
 「土日はお好きにしてもらって構いませんが、平日は説明会があるでしょう」
 「でも今は人が、」
 「そんなのは僕が何とかします。いいですか、もし内定が取れなかったら、来年は連日夜勤に入ってもらいますからね」
 「横暴です! っていうかそれ、生活崩壊します!」
 「嫌なら内定を取ってくればいい話です」

 簡単に言ってくれる。

 「ただ、ちゃんと就職先を決められたら──」
 「決められたら?」
 「そうですね。その時は、お茶でもご馳走して差し上げましょう」
 「え、観月さんが、ですか?」
 「不満ですか?」
 「い、いえ、滅相もないです」
 「何ならお茶請けに何か甘いものを付けてあげてもいいですよ」

 だから、頑張ってくださいね。

 観月さんはそう言ってまた発注端末に目を戻した。私はといえば、まさか観月さんがそんな風に発破をかけてくれるなんて思ってもみなかったから暫くその場でぼうっとしていたけれど、観月さんと二人でお茶をする自分を想像してはたと我に返った。

 「それって、デートですか?」

 言ってしまった後で、後悔。何言ってんだ、自分。

 だけど、当の観月さんはけろりとした顔でもう一度顔を上げて、

 「そうですよ。やりがいが出来たでしょう?」

 と口端を上げた。やっぱり、この人には敵わない。

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