▼ ひとりよがり
「…」
頭が重くなり一度背伸びをしてから椅子の背もたれに身体を預けそのまま天井を見上げる。
キャスターがぎっと音を立てて、ベッドでだらけていたテリアモンが起き上がり僕に向き直った。
「ジェーン」
「んー」
「最近なまえ遊びにこないね」
「…うん」
テリアモンが、実際には問い詰めたいんだと思うけど、そんな素振りは見せずそれとなく僕に探りを入れてきた。
あの時から僕は、あまりなまえと話をしていない。テリアモンには何も言っていないけど、何かを感じ取っているんだと思う。
彼の心配そうな視線に耐えられなくて、テリアモンが僕の顔を見られないようにぎゅっと抱き上げる。
「…忙しいんだろ、なまえも」
「でもさあしょっちゅう来てたじゃない。それにジェン最近なまえに冷たくない?僕の気のせい?」
「気のせい」
テリアモンを抱いたまま居間に向かい、お母さんと小春と並んで少しテレビを見た後にソファにテリアモンを置き去りにした。
背後からテリアモンの声にならない悲鳴が聞こえてきたような気がする。心の中で謝っておいた。
自室に戻り、勢いよくベッドに倒れ込むと、少し疲れていたのか身体がどこまでも沈んでいくようだった。
このまま少し寝ようかな、そう思い目を閉じると途端に脳裏になまえの顔が浮かんできて心臓が一瞬止まりそうになった。
深呼吸をして、布団をかぶり本格的に寝付こうとする。でも、何度寝返りを打ってもなまえは僕の頭の中から消えてくれない。きっと夢の中にも出てくるだろう。
「…はぁ」
あの時。
隣の部屋の人が鍵を開ける音で我に返った僕は、肩で息をするなまえを目の前にして、やってしまった、と即座に後悔した。
すぐに「ごめん」と口にした、心からそう思ったはずなのに。
涙を溜めた目で真っすぐ僕を見てくるなまえの、呆然とした表情に、少し開いた口から零れる唾液に、真っ赤に染まった頬に。
本当にどうしようもない位興奮してしまって。
さっき後悔したばかりの頭で、僕は、なまえを、
「…っ」
自分がこんなに情けない男だったなんて思わなかった。友達に、了承無く好き勝手して。後悔してるなんて言いながら今もう下半身がきつい。
「…ぁ、」
記憶に残るなまえの匂い。なんであんなにいい匂いするんだろう?
それに、顔も、ずっと一緒に居たのに、見た事もない、今まで妄想してきたよりずっと…カワイイ顔だった。
声も、なまえからあんな下品な声が出るなんて思わなかった。本当に出るんだ、ああいう声。
「はあ、…、…っ」
舌の痺れ。細い腕。スカートの中身と、少しだけ触れた胸。
頭から、指先から、感触が一向に消えてくれない。このベッドだってなまえが横になってたと思うとそれだけでどきどきする。
あの後もっと時間があれば、僕はどうしていただろう。
「っ…ぅ、」
した事もないのに、動画でみた女の人みたいになまえが喘いでる。
顔を真っ赤にして、力を入れれば折れそうな程細い身体が僕の下で揺れてる。顔を少しだけ手で隠して目だけは潤みながら僕を見てる。
なまえは両手を僕の肩に添えて舌っ足らずな声で僕を呼んだ。
『ジェン、』
「…っあ、…っ」
なまえの匂いと全然違う、鼻腔に漂うむっとした酷い臭い。
窓を開ける元気も無くて拭いたティッシュだけを床に捨てた。
信じられないくらいひとりよがりで汚い妄想に吐き気がする。原因は自分にしかないのに、どうしようもできない。する気が無いのかもしれない。
好きな子でこんな事考えてるなんて。これがバレたらなまえは僕の事どんな目でみるだろう。いやもう嫌われてるかもしれないけど。というより絶対嫌われてる。だからなまえの顔が見れない。
「(…最低すぎだろ)」
なまえが本当はどんな事を思っているのかわからないけど、自分のした事でテリアモンにも、多分、啓人や留姫にも心配かけてる。
その上で僕となまえのこの秘密が甘美に感じられるなんてどこまでいっても救いようが無い。
好きだと言ってしまえば楽になるのかな。もう一度きちんと謝って、好きですって言ったら。
でもそこで駄目だったらどうなるんだろう。今まで友達としてずっと一緒に居られたのに。断られて、それでもまた友達として付き合えるのかな。
なまえが僕を拒絶する事を考えるだけで呼吸が荒くなる気がした。焦点が震えて定まらない。
伝えられれば満足、最後にキスしてくれればそれで、なんて、凄いな。僕はどうしてもなまえに受け入れてほしい。
「(ごめんなさい)」
誰かに告白するって凄く勇気のいる事だったんだ。
あの時キスをしながら、この子がなまえだったら、なんて考えてごめん。あの子の方が僕よりよっぽど勇敢だった。
好きだと伝えられないくせに、タイミングがあればそういう事はしたいだなんて。
僕は卑怯者だ。
--------------------
続く(かもしれません)
prev / next
[ back to top ]