▼ 狼





学校が終わってすぐ、特に用事がある訳じゃ無いけど雨宿りも兼ねてジェンの家に寄った。
広いお家は珍しく静かで、居間に置いてあった小春からジェン宛のお手紙に「テリアモンとおかあさんとおかいものにいってきます」とだけ書いてあって、ジェンが気の毒な顔をしていた。

ジェンの部屋で淹れてもらったココアを飲みながらパソコンを弄るジェンとたわいない話をする。
雨空で、室内は薄暗くて。打ち付ける雨音、口数が減ってきた空間にタイピングの音だけが徐々に大きくなっていた。
なんとなく呼吸音が耳障りな気がして目立たないように気を付けた。


「…」


とうとう完全に静まり返った室内。わざと大げさに音を立ててジェンのベッドに倒れこむ。ジェンの匂いが一層深くなる。


「こないだジェンがキスしてるとこ見ちゃった」


視界を自分の腕で塞いで、問い詰める訳でもなく独り言のつもりで呟いた。
たちまちタイピングの音が止んで、椅子が動く音がする。もしかしたら余計な事を言ったかもしれない。


「なまえ」

「なに」

「…なまえ」


何故か無機質な返事になってしまった。
ジェンが私の腕を退けて、寝そべる私の隣に座る。視界に入り込んできたジェンは無表情のような、でもなんだか少し困ったような、読めない顔をしていた。


「あれは告白されて、断ったら泣かれちゃって。1回だけ…してほしいって言われたんだ」

「なんで断ったの?」

「あんまり喋った事無い子だったし」


ジェンの顔を見てるとなんだか恥ずかしくなってきて顔を背ける。でも視界の端に映るジェンはまだ真っすぐ私を見ていた。
私の腕を掴んだままのジェンの手が異様に熱くて、話を聞きながらそこばっかり気にしてしまう。


「付き合ってみなきゃわかんなくない?自分がその子を好きかどうか」

「…そうかもしれないけど。失礼だと思ったから」

「でもキスはいいんだ」


意地悪な言い方をしてしまった。ジェンは押し黙り雨音が響く。
雨は、さっきより激しくなってきたようだ。


「じゃあさ」


ジェンはまだ手を離してくれない。


「私とも出来る?」









「…」


怒られるかと思った。変な事言うなよって。それか引かれるか。
でもジェンは怒らなかったし引かなかった。

冗談だよって言って起き上がって、距離をとろうとする私の腕を掴んで引き留めた後、ジェンはじっと私を見つめてきた。
夜に染まってきた部屋の中で、ジェンの綺麗な灰色の瞳だけが恐ろしい程はっきりとしていた。怖い、けど、優しくないジェンが珍しくて目を逸らせなかった。

お互いに何も言わなかった、というより、私は何も言えなかった。
私より背の高いジェンが視線を合わせるために少し前屈みになって、その目が私の事だけを見てると思った時、言いようのない振動が胸の中心をくすぐった。
ぞくぞくするような何かが身体の真ん中を這って、鳥肌がたった。

ジェンの片方の手が私の頬に添えられて、それがびっくりする位冷たくて。そこで私はやっと自分の顔が熱い事に気が付いた。
部屋が暗くて良かった、きっと信じられないくらい赤くなってる気がする。
ジェンの親指が私の唇を撫でた時に、耐えられなくて目を閉じた。


「…ぁ…」

「…」


柔らかくて暖かい、不思議な感触。
それなのに身体の内側に走る電流が凄くて、つま先と頭の中がピリピリと痺れた。

きもちいい。

ジェンは誰と初めてキスしたのかな。


「……んぅっ」


ぬるっとしたのが口の中に入ってきて肩が跳ねあがった。
舌が擦れあうざらざらとした音がずっと頭の中で反響する。何も考えられないくらい気持ちが良くて、スカートの中が熱くなって腰が引けた。
押さえつけられてるわけじゃないのに身体が言う事をきかなくて崩れ落ちそうだった。ジェンがゆっくり私の身体を壁に押し付けて胸と胸が密着する。
脚の間に割って入ったジェンの身体が私の中心に触れて一際大きな声が出てしまった。


「きゃっ…ん、んむ……」

「……は、」


自分の両手をどこに置いたらいいかわからなくてジェンの肩に添えた。
黒いシャツ越しに触れた身体は凄く熱くて、目は開けられないけどジェンも私と同じ位興奮してたらいいな。
おでこにも脚の間にも汗をかいてる自分の身体が凄く恥ずかしくて、ジェンがそれに気付かないように、手に力を込めて押さえつけた。


「んっ……ん、は…ぁ」


ジェンが私の髪を撫でる。こんなに良くない事をしてるのにジェンの指は本当に優しく髪をすいていくから、どうしてかわからないけど、涙が出た。
ジェンがふったっていうあの子もジェンとキスしてた時、泣いてた。本当にジェンが好きだったんだなあ。
私はどうなんだろう。


「ん…」


こんなに涙が出るくらい苦しくて気持ちいいのはジェンが好きだからなのかな。
脳裏に焼き付いて離れない、あの子の幸せそうな泣き顔。


「ん、ん……ふ、ぅ…ぁ…じぇ、ん…」


ごめんなさい。


気持ち良くて、馬鹿みたいに何回も何回もくっついては離れて。
凍り付きそうな程静かな室内で、私とジェンの湿っぽい息遣いだけが熱を持ち雨音に溶けていった。




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