▼ 僕の名前
ジジ…と音がして目の前の外灯が点滅する。
今会ったばかりの、おかしな関係の4人組は誰が言うわけでもなく人通りの少ない道を選んで歩いていた。
「気にすんな、気楽にいこう、ていっきぃっいーじー」
「気にすんな、気楽にいこう…てーきーきーじー…?」
「そうそうそんな感じ―」
前を歩く男の子の足取りに合わせて、大きくて柔らかそうな白い耳が揺れる。
男の子の肩に乗っている、テリアモンと呼ばれていたその子はガブモンにモウマンタイ、の意味を教えながら楽しそうに笑っていた。
「…広東語?」
思いついた言葉がいつの間にか口に出ていて、男の子が振り向く。
大きな目が驚いたように丸くなっていて、私はその時初めてその男の子の瞳が灰色だという事に気が付いた。
「違いましたっ、け」
「あっごめんなさい、そうです。ただ、中国語って言う人が多いので…よくご存じですね」
「前に、そんなタイトルの映画があって」
「…香港とお台場が舞台で、最後花火が上がって終わるやつ?」
「そうそれ!」
好きな映画を当てられて、思わず大きくなってしまった声に慌てて口をつぐむ。
ガブモンが足下で「え?」と不思議そうな声をあげた。
「僕も観ましたよその映画。敵役のアクションが凄くて」
そう言って男の子がカンフーのように両腕を構えてくすっと笑う。
ふと、彼の優しげな眼差しと緩く垂れ下がる眉が私の顔をちらりと盗み見て、こちらの反応をみている事に気が付いた。
この場をなんとか明るくしようとする彼の気遣いに今やっと気が付き、ハッとすると同時に自分の無礼さにやましい気持ちでいっぱいになった。
私はまだ、彼にお礼も言えていないのに。
「うん。…あの、ジェン…さん。さっきは本当にありがとうございました」
頭を下げると私の傷に触れながら心配そうにこちらを見つめるガブモンと目が合う。
あの時は無我夢中で何もわかっていなかったが、ジェンさんとテリアモンさんが来てくれなかったらガブモンは…。
頭の中に最低な場面が浮かび、また鼻先と目頭が熱くなる。
「助けてくれたのに…私、変に疑ったり、して…」
「健良」
「…?」
「僕の名前。李健良です」
「あ…。みょうじなまえ、です」
なまえさん、そう言って健良さんはにこりと微笑んだ。
「僕テリアモンー」
「わっ」
健良さんの頭を押し下げるように顔を見せたテリアモンさんがいぇ〜いとピースサインをつくる。
ガブモンもー、と促されたガブモンがおずおずと前に出ると、3人を前に瞬く間に顔を真っ赤に染め上げた。
「が、ガブモン…です…」
「知ってるよー」
「こらテリアモン」
「ふふー」
こつん、と優しく頭をはたかれたテリアモンさんが笑うとガブモンもつられて笑い出した。
健良さんとテリアモンさんのやり取りが、私の謝罪に対してもういいよ。と許してくれているような気がして口には出さず、再度無言で頭を下げた。
「あと、ジェンで大丈夫ですよ。僕の方が年下だし」
「え?」
「その制服淀中のですよね?」
僕淀小の5年なんです。
そう言って笑う健良さんはどう見ても私よりしっかりしていて末恐ろしい。
背丈もあまり変わらないのでてっきり同い年位かと思っていた私は軽い劣等感に頬が熱くなる。
「あ、そ、そうなんだ…ジェン、君」
「はい」
「私淀中の1年」
「先輩ですね」
「……ごめんやっぱり私も名前で呼んでくれたら…あとため口がいいな…」
「…いいの?」
(香港の人?)
(お父さんが香港人で、お母さんが日本人だよ)
(そうなんだー)
※淀中という中学校を勝手につくってしまいました。
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