鏡張りの慕情 | ナノ


▼ モーマンタイ




しばらくの間、健良の意識には少女の啜り泣きのみが響いていた。
それが静まり収まってきた頃、健良は額に噴き出た汗をリストバンドで拭い、自身を落ち着かせるように深呼吸をした。

一瞬の出来事が健良のまぶたに焼き付いて離れない。
あの時、テリアモンがガブモンを守ろうとした時に一心不乱に戦いの場に飛び込みガブモンを庇った少女。

テリアモンが咄嗟に盾の向きを変えてくれたおかげで大事には至らなかったが、もしテリアモンが動けなかったら…。
そもそも何故突然飛び出したのか?自分達までがガブモンに危害を加えるようにみえたのだろうか?

彼女は、ガブモンのテイマーなのだろうか?


「ジェン」

「…」


健良の肩に飛び乗ったテリアモンが不安げに呼びかけてくる。
健良はその場にしゃがみ込み、目の前の少女に出来る限り優しく声をかけた。


「あの…大丈夫ですか?」

「だいじょーぶ?」


恐る恐る顔をあげた少女の頬にはまだ涙の跡が残り、口元は先ほどと変わらず引きつっている。
涙の中で揺れる黒い瞳は、まだこちらを警戒しているようだった。


「…」

「…」

「ねー、だいじょーぶ?」

「あっテリアモン」

「きゃ…」


居心地の悪い沈黙に耐えかねたテリアモンが健良の肩から飛び降り、少女に抱かれたままのガブモンの手をとる。
ガブモンは一度自分のパートナーの顔を覗き込んでから意を決したようにテリアモンに向き直り「大丈夫です」と頷いた。


「そーお。良かった。ねー君はー?」

「私…いっ」

「大丈夫!?」

「なまえ!」


立ち上がろうと体勢を整えた彼女が顔をしかめる。
レナモンの攻撃がかすったのだろう、左脚のふくらはぎから血が滴り破れたタイツから覗く傷口は赤く濡れていて、とても痛々しかった。


「なまえ!なまえ大丈夫!?」

「うわああ痛そうー」

「大丈夫。血は出てるけどそんなに痛くないから…」


なまえと呼ばれた少女は健良の視線に気が付くと恥ずかしそうに脚を隠し、「大丈夫ですから…」と歯切れの悪い言葉を健良に寄越した。
ガブモンもなまえを心配そうに見上げ、健良も、何を言えばいいかわからずなまえから視線を逸らした。


「そうだジェン!家に帰ってママさんにみてもらおうよー」

『え?』


その場にいた、テリアモン以外の人物が皆同じように声をあげた。
中心にいるテリアモンだけがナイスアイディアーとばかりに腕を組む。
健良となまえは似たような表情を浮かべ、ガブモンはおろおろと3人を見回した。


「すぐ近くだしさー」

「…僕は構わないけど、」

「あの、私本当に大丈夫で「ジェンは君を助けようとしたんだよ」


なまえの言葉をさえぎって、テリアモンが言った。
声を荒げたわけでもないのにその言葉を聞いた瞬間なまえは目に見えて硬直し、彼女の黒い瞳に映る月が揺れる。
そして、少ししてから震える声で「うん」と返事をした。


「モーマンタイ」


涙を隠すように俯いたなまえの頭をテリアモンが静かに撫でた。
顔を上げたなまえに健良が優しく手を差し伸べる。
なまえはまだ涙の光る顔をぎこちなく微笑ませながらその手をとった。





(モーマンタイ?)
(そおーモーマンタイ!)
(モーマンタイ…)
(も、モーマンタイ、です…)
(モーマンターイ!)
(いや、意味を教えてあげろよ…)

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