▼ 可愛かったね
「あっガブモンだ!」
母親の隣で大人しく座っていた幼児が、向いに腰かけたなまえの持っているぬいぐるみを指さして嬉しそうに声を上げる。
人に指をさしてはいけないのよ、とたしなめる母親に謝罪されなまえはいいえと苦笑いをした。
今だきらきらとした可愛らしい笑顔でこちらを眺める幼児にガブモンの手を掴んでひらひらと振ってみせる。幼児は照れたようにくすくす笑いながら手を振り返し、先に電車を降りる際にも「ばいばい」と手を振った。
「…」
「可愛かったね」
「こら」
人もまばらになってきた車内、なまえの膝の上にちょこんと座るガブモンが小さくため息をつく。
気付かれないようにぬいぐるみになってね、と言ってなまえがつけたリボンが先ほどからどうもこそばゆいので人に気付かれぬよう必要最低限の動きでこっそりと姿勢を変える。
やっとの事で電車から降り、人目のつかないところまで来るとガブモンはリボンを外し、くーっと背伸びをした。
「ごめんね、苦しかったでしょ」
「ううん大丈夫」
「ありがと」
ガブモンの頭を撫でてから目的地へと足を進める。
空が暗くなり、一番星がきらめき始めた。心地よい気温の中、たまにさすような冷たい空気が頬を撫でる春の夕暮れ。
都心から少し離れた見晴らしのいい小高い丘の上に、目的地はあった。
「おばあちゃん」
一番奥の、右端にある白馬の墓石。
墓石についた葉っぱやゴミを払い、枯れてしまった花を除け持参した花を飾る。
線香を焚き、静かに手を合わせるなまえの隣でガブモンも同じように手を合わせた。
しばらくして目を開けたなまえが真似をしているガブモンに気付き、あまりの可愛らしさに笑いながらそのふかふかした毛皮を撫でた。
「何話してたの?」
「ん、…中学生になりましたって、ご挨拶」
「そっか、もうなまえも中学生かあ」
「ガブモン、中学生ってわかるの?」
「………もう中学生かあ」
「こーら」
知ったかぶりなガブモンの頬を撫でて墓石に向きなおる。
墓誌に刻まれた祖母の戒名を軽く撫でながらぽつぽつと灯りの灯り始めた街を見降ろした。
「…」
「っくし!」
「帰ろっか」
「うん」
電車の隅の席に腰掛け、ガブモンを抱いた腕にぎゅっと力を込める。
目をつむり俯いて祖母を想った。
(…なまえ?着いたよ?)
(…)
(?)
(あ、脚痺れた…)
(…あっ、電車行っちゃ、あー!!)
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