鏡張りの慕情 | ナノ


▼ おれ、大丈夫だよ




「わああガブモンだあー!かわいいー!」

「こら小春!」


少女の明るい声につられて、室内の空気までもがガラリと変わったようだった。
ガブモンを見て喜びの声をあげ、健良はそれを制止するように声をあげる。健良に「小春」と呼ばれた少女はベッドに飛び乗り、キラキラとした目でガブモンを見つめた。


「ガブモンかわいい!お姉ちゃんのなの?」

「うん。えっと…しゅう、ちょんちゃん?初めまして、みょうじなまえです」

「はーいはじめまして!李小春7歳です!」


可愛らしく片手をあげて自己紹介する小春の隣に、何故か見張りの様に健良が立つのを、なまえは不思議そうに眺めていた。
小春はガブモンを撫でようとした手を止めて、何か思い出したように手にしたものをなまえに差し出す。


「あのね!これ、お母さんからお姉ちゃんに!」

「あ、」


小春から差し出された物は、まだ封を切られていない新品のハイソックスだった。靴下を受け取ったなまえは少し戸惑った様子で健良に向き直る。


「そんな…頂いていいのかな」

「うん、使って。多分姉さんの買い置きしてたんだと思う」

「…ありがとう。後でお礼しなきゃ」

「お姉ちゃん怪我しちゃったの?大丈夫?」


小春が靴下を履き終えたなまえの太ももに手を置き、心配そうに顔を覗き込む。なまえは一瞬何かを考えた後、その柔らかい頬に触れ小動物でも愛でるかのように優しく撫でた。


「さっきね、小春ちゃんのお母さんに治してもらったの。だからもう大丈夫だよ」

「ほんと?」

「本当」

「小春」


隣から健良のどこか硬く冷たい声が小春を呼ぶ。なまえは再度首を傾げたが小春は兄が何を言いたいのか薄々察したようで、少し口を尖らせながら「お姉ちゃん、ばいばい」と健良の部屋を後にした。
途端にテリアモンが大きなため息を吐いてベッドの端に座り直す。健良も一段落ついたと言わんばかりにデスクの椅子にくずれ落ちた。


「…どうしたの?」

「あのね、悪い子じゃないんだけど小春は僕にあーんな事や、こーんな事をしてくるんだ…」

「可愛かったのに」

「ガブモンは小春を知らないからそんな事言うー」

「そっかなー?」


ガブモンとテリアモンの掛け合いを何とも言えない表情で見つめていたなまえだったが、そのうちに、椅子に腰かける健良の視線に気が付いてサッと視線を逸らした。
何から話せばいいのか。なまえは初めて、自分と同じようにデジモンと暮らす人物を目の前にして言葉を詰まらせた。健良が真っすぐに自分を見てくるものだから、余計に顔を上げられなくなってしまった。
「2人―…」広げた脚の間で両方の指を絡ませながら健良が口を開く。


「え?」

「僕となまえ以外に2人のテイマーを知ってる」


さり気なく口にした言葉だが、なまえの瞳がテイマーという言葉に揺れ動いたのを健良は見逃さなかった。
ガブモンもテリアモンもじゃれ合うのを止め、シンとなった室内がなまえを更に緊張させる。


「1人は僕の友達。同じ学校の同級生で見た事も無いデジモンを連れてる。ギルモンって言って赤い、恐竜みたいな…本人は自分が作ったって言ってる。もう1人はさっきの、レナモンを連れた子だ。名前は知らないけど、カードバトルの大会で優勝してて有名だったはず。違う学校で駅の向こう側の子だよ」


健良の言葉に、ガブモンを抱く腕にぎゅっと力を込める。なまえは顔を上げどこか縋るような目で健良を見ていた。


「僕とテリアモンが出会ったのはもう随分前だけど、僕達…テイマーが初めて会ったのはつい最近なんだ。1週間位前、かな。それに、その頃からテイマーのいない、1人で行動するデジモンも現れるようになった」

「…」

「そして今日、君と出会った」


なまえの不安を感じ取り、一呼吸置いて健良が少し微笑む。なまえはまだ顔を強張らせたままだったが静かに口を開いた。


「…私とガブモンが初めて会ったのは1年前。ジェン君達以外に…その、テイマー、は知らないけど、ずっと前に1人で行動するデジモンには会った事がある、と思う」

「思うって?」

「公園で突然攻撃されたの。周りに誰も居なかったしその子もすぐいなくなっちゃったから、きっと1人だったんだと思う」

「その時デジヴァイスは?持ってたらデジモンに反応してデータが送られてきたと思うけど」

「デジヴァイスは、」


なまえは、そこまで言いかけてハッとガブモンを見た。ガブモンは自分が参加すべき会話ではないと悟ったのか大人しくなまえを見つめている。自分を映す赤い瞳が恐ろしく純粋でなまえは息をのんだ。
ガブモンは責め立てる訳でも無く、信頼を込めてただじっとなまえを見つめていた。


「…ねえなまえ。遭遇したデジモンが弱くて、ガブモン1人でもなんとか出来るレベルなら、このままでもいいかもしれない。でも人間と組んで、デジモンならなんでも見境いなくロードしようとする連中もいるんだ。それは…君が一番わかっているはずだよ」

「…」


黙り込んでしまったなまえに健良が静かな声で畳みかける。それでもなお、なまえは口を開かない。テイマーやデジヴァイスと言った単語も知っているようだし、やはり何か理由があってガブモンに隠し事をしているのだろう。


「おれ、大丈夫だよ」


重苦しい空気の中、ガブモンが健良を真っ直ぐに見つめながらはっきりと断言した。視線を逸らさず、少しばかり早口で放たれたそれは自信というよりも、これ以上なまえを責めないでほしいという歎願の言葉だった。


「おれがなまえを守るよ。だって、なまえはおれの友達…テイマ―なんだから」


ガブモンの言葉になまえの口元が歪む。ぎゅっと強く握られた手は白く、瞳は再度潤み始めた。なまえは一度目をつぶり深呼吸をした後、健良に向き直る。涙を堪えすぎて殆ど睨みつけるような視線だった。


「ジェン君、色々、わからない事ばかりで…ごめんなさい。一度、ガブモンと話をさせてほしい、な」

「…もちろん。僕だって、知ってる事の方が少ないもの。だから今日はなまえに会えて凄く嬉しかったよ」


なまえがぽっと耳を赤く染める。自身を落ち着かせるように髪に触れ、私も、と小さく呟いた。


「ねーえ、僕お腹空いたんだけどー?」

「あっ大変もうこんな時間…遅くまでごめん、私そろそろお邪魔するね」

「送ってくよ、なまえの家どの辺なの?」

「え」


ガブモンを抱いたまま硬直したなまえを尻目に、健良はジャケットに袖を通す。なまえは慌てて首を横に振った。


「いいよいいよ!わざわざ…そんな」

「でももう遅いし」

「なまえの家遠いのー?」

「ううん。あの郵便局の隣の本屋さんの近くだよ」

「近所だったんだ」

「ガブモン」


なまえを置いて、話はどんどん進んで行く。鞄を持ちながら戸惑うなまえにテリアモンが止めをさした。


「1人で帰らせたら、ジェンがママさんに怒られちゃうよー」





(あら、なまえちゃんもう帰っちゃうの?)
(はい。あの…夜分遅くに失礼しました。靴下、ありがとうございます)
(気にしないで。怪我、お大事にね)
(……はい)

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