∴ アドリブがきかない。(不良?×どもり)

 おれってば、予習しなければなにもできないやつだ。
 抜き打ちテストはほぼ平均点以下、急に授業中に当てられてもすぐ答えられない。眼鏡もかけて制服もきっちり着てて、見るからに真面目って風貌だから、よくからかわれたりしている。例えば「なんかおもしろいことやれ」っていう急なフリ。振られてもあわあわして顔真っ赤にして棒立ちになっちゃってまわりをしらけさせてしまう。前もって言ってくれれば、youtubeとかで芸人のネタを勉強してきたりしたのに。



「……え?」
「……だから、好きなんだけど」



 ”放課後音楽室に来てください”なんて差出人不明の手紙が下駄箱に入っていたときは驚いて手紙を4度見はした。けど宛先が何回見てもおれの名前だし、フルネームが同じ人を見たことないから、これは間違いなくおれ宛だということはわかった。
 問題は誰からだろうってことだ。誰かのいたずらかと思ったけど、すっぽかすのは悪いし、行くだけ行って誰も来なかったら恥ずかしいけれど帰ろう。急に呼び出されるよりは、朝一に手紙を貰えば考える時間も気持ちを落ち着かせることも十分にできる。だからおれは割と余裕をもって放課後を迎えることができたんだ。

 音楽室に近づくとやっぱり緊張する。覚悟を決めてドアを開けると、夕焼けに赤く染まった教室に、机に座って窓を眺めている背中が見えた。うちの高校にある音楽系の部活といえば軽音部と吹奏楽部だけど、軽音部は音楽室は使わないし吹奏楽部は県外の大会に出場しているため今はいないはず。―― そしてなにより、その背中は男のものだった。


「あ、の……」

 
 もしかして、ここにたまたまいる人なのかな。それとも――……。
 恐る恐る声をかけると、振り向いた顔はおれの知っているやつだった。いつもおれに無茶振りをしてくる、クラスの中心人物の男。
 いつも金髪だけど、今は夕日に照らされていて髪色が分からなかった。
 

「おー、ちゃんと来てくれた」


 にっと口角を上げて意地悪そうに笑うのが、いつものこいつの笑い方だ。おれが嫌なフリにあたふたしているときにこの顔をしている。
 そんなやつだから、もちろんおれは苦手である。必要以上に関わらないようにしていたのに。


「え、おれ……?」
「そー。手紙読んだっしょ?」
 まあ中入ってよ、とドアを開けたまま呆然としているおれにこっちに来るように促される。ぽんぽん、と自分の座っている机を軽く叩く仕草に、おずおずと目の前に足を進める。横並びの机に、お互いが向き合うようにして座る。嫌味なくらい足が長いから、目の前に座った僕の足の両側に足を延ばしても余裕があるくらいだ。

「う、うん、読んだ」
「それで来てくれたんだ。お前はホントに優しいね」
「は、はは……」

 長めの金髪にボタンを3つくらい外して中のインナーが見えるくらい着崩した制服、なにもかもがおれとは正反対で縮こまる。ピアスの穴は意外に片耳に一つしか空いていないんだ。こんなに近くにずっといるのは初めてなので、なるべく顔を見ないようにしていたらそういうところばかりに目がいってしまう。

「なに、ずっとオレの体ばっか見て」
「えっ、そんなっ、え」
「……冗談ジャン」

 こうやってからかわれても、何を言い返していいかわからなくてどもってしまう。ああ、またやってしまった、ふつうに返せばいい言葉も頭が真っ白になってしまう。昔誰かにおれはイラつく存在だって言われたこともあったっけ。
 

「ねー、なんでオレがお前をここに呼んだか分かる?」
「え、?」
「わーかーるーかって聞いてんの」
「っわ、わかりま、せん……」

 イラついたように繰り返す奴に、ビビりながら答えるおれ。
 はあ、とため息を吐きながら髪を掻きあげ、それから真っ直ぐおれを射抜くように見る。もちろんおれはビビる。

「……んなビビるなって。別に殴ったりしねえし」
「あ、ご、ごめん……」
「…………オレ、お前のこと好きなんだけど。付き合ってくんねえ?」
「ごめん…………え?」

 たしかに悪いことをしたなと謝る。なにも考えずに繰り返していたせいで、反応に遅れた。

「そのごめんってなんのごめんだよ」
「えっその」
「オレの付き合ってくれって言うことに対するごめん?」
「え、えっと……」

 なにがなんだかよくわかんなくて、混乱している。こんな経験ないし、なんていえばいいのかわからない。

「え、えっと、冗談」
「じゃない。本気。別に賭けとかもしてねえしイジメとかでもねえ」
「男同士だ、」
「好きになるのに性別とか関係ねえし。てかそういうこと言ってオレの気持ち否定しようとすんじゃねえよ」
「ご、ごめんなさい…」

 おれが思っていたことを全部先手で塞がれて、しかもなぜか怒られて謝って、もはやおれにはなにも言うことができない。口をあわあわして、どうしたらいいかよくわからなくて汗が出てくる。パニックだ、パニックだ。経験していないことで、しかも相手は苦手なオトコで、もうなにがなんだか分からない。頭の中が混乱して言葉を紡ぐことができず、心臓もどっどっどっ と大きな音を立てて鳴り響いてる。
 何か言わなきゃいけないのに何も言えなくて、そんな自分に自己嫌悪して涙の膜が張った時、ふわりと優しく頭の上に手が乗せられた。
 驚いて顔を上げると、そこにはいつもおれを馬鹿にしたような表情ではなく、見たこともないくらい優しい顔をした男がいて。


「とりあえず何も言うことねえんなら、付き合おうぜ。それから難しいことは考えよ、な?」


 おれは、藁にも縋る思いで、その言葉にうなずいてしまったのだ。


「もしだめなら、言ってくれればいいしな」
「……!う、うん……」
「よっしゃ! じゃあ、これからよろしくな、――」

 こうして、おれは男の好意に甘えてお試しで付き合うことにしたのだった。



 だけどなんだかなんだと付き合ってみて、男同士はやっぱり無理だと感じたおれが作った別れるためのシナリオが見つかって、それはそれは壮絶な体験をすることはまだ知らない。





おわり
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