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菱部藍(ひしべ・あい)はため息を吐いた。またメールが帰って来ない。
もう何十回携帯を見ただろうか。
あの人が学外によく行くのは分かっている。その理由が、他校の彼氏に会いに行っているということも。
この学園でも、作り物の冷たさも感じられるほど美しい姿を持つあの人は、もはや知らない人がいないというほど人気者である。会長のように熱狂的なファンが多いのではなく、一種の神格化となって静かにお慕いされているのがあの人の一つの魅力である。
そんなこの学園の女王と呼ばれている草灯蘭(そうび・らん)親衛隊の頂点に立つのが、ボクである。

ほかの輩のように、組み敷きたいとか敷かれたいとか、そんな下品なことを思って近づいているわけではない。
ボクはただ、蘭さまの一番近くにいたい。それだけなのだ。

日課となった親衛隊の近況報告を述べたメールを蘭さまに送る。
返事が返ってこないのも日課だけれど、少しは言葉が欲しいと思うのはボクのわがままだ。

蘭さま、ここ、弌伊(いちい)学園の副会長を務めていらっしゃる。
生徒会のみなさまもこの学園では風紀と並んでトップの権限を持っており、彼らが表舞台に出てくると雰囲気がぴりっとする。その中でも蘭さまは別格であり、彼が出てくると生徒たちはみな訓練された騎士のように、ぴしりと背筋を伸ばすのであった。





「蘭さま、お帰りなさい」
「――――アイ」

夕方、けだるけな色気をまとった蘭さまがひっそりと学園に帰宅した。

「よくわかったね、僕が今帰ってきたってこと」
「…」
「また図書館からでも見てたの?」
「…はい」

図書館からは、正門が良く見える。
ボクはよくここに居座って、窓から蘭さまが帰ってくるのを待っているのだった。

「わんちゃんみたいだね」
「…すみません」
「どうして謝るの?」

一時期、生徒の間でボクが蘭さまのストーカーだと噂が広まった。
ボク自身はそう思われても仕方のないことだと思ったけれど、なによりも恐れたのは、その噂によって蘭さまに嫌われてしまうこと。
部屋の前で待ち伏せていたボクを見て驚く蘭さまを見て、これじゃあ本当にストーカーじゃないかと我に返って泣きそうになったけれど、蘭さまが

「アイは本当にイヌみたいだね」

そう笑って言ったことで、ボクはすべてが許された気がしたのだ。


「彼氏サンの、ところですか」
「あ、うん」
「そうですか」

首筋に赤いしるしがある。
蘭さまはそういったものを隠すことはない。
それを見てどれだけの人がなまめかしい妄想をするのだろうか、この人は自覚をしてやっているのだから立ちが悪いと時々思う。

「まあ、彼氏、じゃなくなるのかなぁ。これからは」
「…?」
「一応カレシ、って感じかな」

よくわからないと顔に出ていたのが分かったのか、蘭さまはふわりとそれはそれは美しく笑って。

「これから楽しくなりそうなんだ」

その笑顔があまりにも素敵だから、ボクは思わず見惚れてしまったのだった。


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