石楠花

カキーン
佐助の左右の手に持った短刀が空を舞い、尻餅をついた佐助の喉元には忍者刀が突きつけられた。
「勝負あり!」
幸村が右手を高く上げ終わりの合図を示す。
「くそ。」
佐助は悔しそうに刀の持ち主才蔵を見上げ睨みつけた。
「10勝目。戦場やったら死んでるで。」
才蔵は呆れたように刀を佐助の喉から離すとクルクル腰の周りで左右に回して、カチと腰にぶら下がった鞘に収めた。
「才蔵。人には長けている部分があるのだ。なあ佐助」
主人の幸村は佐助に手を差し伸べると、佐助はうつむきながら
「ありがとうございます。」
と幸村の手を取った。
才蔵は鼻まで覆ったほお当てを首までグイと下げると、
「大将。まだ俺来て10日ですよ。勇士のリーダーがこいつで大丈夫なんでしょうか。」
年も才蔵の方が上、戦闘力も忍術も上。自分がリーダーにというつもりはさらさらないが、他に適任がいるのでないかと才蔵は思っていた。
「佐助は一番最初にわたしに就いてくれた。実力も一番の忍だよ。才蔵もいずれわかるさ。」
幸村は佐助の頭にポンと手を置くと才蔵を振り向いて微笑む。
才蔵は眉間にシワを寄せて、少し嬉しそうな佐助を睨みつけた。

ーーーー

「佐助?
彼はすごいぞ。一度戦が始まると、戦場から消えるんだ。そして東西南北どこからでも現れて敵将の命を攫っていくんだ。」

第二次上田合戦の最中、才蔵は領域の巡回を行っていた。上田城から1キロほど西へ向かった先の小さな湖で2人の人物の影を見つけた。
(1人は敵軍の土井秀次やな。)
今ここで土井を暗殺しても良かったが、こんな夜更けに少人数で外をふらついている時点で罠の可能性がある。才蔵は木陰から2人の様子を見ることにした。
土井ともう1人、髪の長い女性のようだ。2人は湖の中で服を着たまま水を浴びていた。
(逢引。)
この乱世ではよくあること、身分や出身の違いにより、堂々と会えないことはよくある。男が土井でなければ恋仲の男女の行為を盗み見ることなどはなかった。才蔵はそう言い聞かせて音を立てないように木陰から顔を出す。

「ようやく来てくれたか」
土井は女の長い髪を撫でながらそっと抱きしめた。
「はい。」
女は男の背中に腕を回す。土井はそのまま女に口づけた。長くて深い口付けだ。才蔵は眉間にシワを寄せた。
(久しく女抱いてへんなあ。)
土井はそのまま女の衣服に手をかけた。口付けを何度もしながら、丁寧に脱がされていく着物は水面に浮いた。
女が全て脱いだ時、才蔵は目を丸くした。女の胸は男並みに平、いや男の胸だ。それを見ても土井は頬を赤らめたまま体の至る所に口付けている。
(男色じじいか。)
「こんなに美しい男はそなたくらいだ。」
そう言って土井も脱ぎ始めた。

それからは目を背けていたため見ていないが、その場の空気と2人の甘い声で、何が起こっているかなど、容易に想像できた。

「そろそろそなたの名前を教えていただけぬか。」
甘い空気の中、土井が髪の長い男に覆い被さりながら問いかけると、男は首を抱きしめ、才蔵にも聞こえない小さな声で土井の耳元で何かを囁いた。
その瞬間その場の空気が一変した。
「ヒュッ」
(この音は!)
才蔵にとって馴染みのある音だった。喉笛を刃物で切ったあと、空気が喉を抜ける音だ。
土井は首から大量の血を吹き出し、髪の長い男の上に倒れる。そして男は動かない土井の体を黙って蹴り上げた。
「うわ。中に出された。」
男はそのまま湖の中に体に付着した様々な体液を洗い流していく。そして土井の死体にゆっくり近づくとどこから取り出したのか、一輪の小さい花を土井のぱっくり割れた喉に突っ込むと、湖の中に沈めることもなくそのまま岸に放置した。

才蔵は木陰でただその奇行をあっけらかんと見つめていた。
「覗き見が趣味なんですか?忍さん。」
(バレてんのか。)
才蔵は自分でもわからないが、逃げようとせず、男の元へ降りる。男は近くで見ればみるほど美しく、才蔵が今まで抱いた全ての女よりも美しいと感じるほど不思議な魅力に包まれていた。
「女性はもう飽きたんじゃないですか?忍さん。」
男は才蔵に口付ける。才蔵は拒むことなくそのまま受け入れた。
未だにゴボゴボと血を吹き出している土井の死体の横で、才蔵は男に甘い夢を見せられた。
「わたしは石楠花。やっと戦場であなたを殺せます。」
最後に石楠花に口付けられると、才蔵はそのまま眠るように気を失った。

翌日才蔵は寝室で目を覚ました。枕元には一輪の赤い花が置かれていた。

ーーーーー

カキーン
今日も才蔵は佐助の喉元に忍者刀を突きつける。
「11勝目。戦場やったら死んでるで。」
ただここは戦場ではない。

目の前のきれいに結われた紺の長い髪を見て、脳裏に昨日の石楠花の顔がちらつく。
(戦場で死ぬんは俺や。)
才蔵は深いため息をついた。




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