分岐点

篤人が初めて泣いた。



あんなにつよがりで、誰の前でも絶対に涙を見せなかった篤人が泣いた。


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あの事件…
不幸中の幸いか、篤人は左足を骨折、右目を負傷だけだった。
篤人と葉菜が助かるには"あれ"しかなかったのだ。

あの時も、あのあとも篤人は全く泣いていなかった。
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篤人は小さい時から、変わった子だった。
何にも特に興味をしめさない。正直、つまらない子供だった。

遊びに行こうとせず、習字をひたすらかいている、スポーツに無縁な当時の小学生には珍しい子供。そんな篤人がバスケットにのめり込んだのは意外だった。


正直、篤人がバスケットをしたいと言ったとき、仲間意識を養えると思い、家の誰もがほっとした。
篤人はとにかくバスケットが好きで、毎日ひたすらボールに触れて、仲間と笑い。
ようやく子供らしさを私たちに見せてくれた。


「僕は将来、バスケットボールの選手になりたいです!」
小学校5年の作文。

篤人はバスケットのお陰で大きくなった。


中学は父親の進めでバスケットのクラブチームに入り、元々センスがあったのに合わせて、毎日努力して全国を相手にするレベルまで至ることができた。


あの小学校の時から、篤人は本気で夢を叶えるつもりだった。


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「残念ですが、右目の視力は…
怪我が治るまでの3ヶ月、運動などは控えてください。」

高校一年の夏、人生の分岐点は突然訪れたのだ。

失明にはいたらなかったものの、視力は壊滅的。

篤人はその時もなかなかった。
ただ下を向いていた。

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ガチャン


玄関の閉まる音に、私は居間で洗濯物を畳むてをとめた。
今は6時30分。
「篤人?」
私は芳江姉ちゃんと玄関を覗いて、座っている篤人に声をかける。

いつもなら「ただいま」って笑ってくれていた。
ー返事がない。

「どうしたの?」

「今日、久しぶりに部活行って、パスだけしたんだ。」
やっと力のない声が返ってくる。
声のトーンに私は嫌な予感しかしなかった。

篤人は低い声でボソボソ続ける。
「全然、ボールとの距離がわからなかった。
眼帯外して、目を開けてもわからなかった。」
ちらりと目をやると、指の包帯が分厚くなっていた。突き指だ。
そして行しは綺麗にリボン結びされていた眼帯の紐は今はぐちゃぐちゃに結ばれている。


「みんなで全国優勝めざそう!って言ったんだ。
みんなレベルが高くて、
だからみんなの邪魔は出来ない。」

「篤人。考えすぎよ。
大丈夫。バスケ、また出来るよ。」
芳江姉ちゃんは声をかける。

篤人はこちらを全くみずに下を向く。
篤人の広い背中がいつもより小さく見えた。

その時
「俺、バスケやめる。」
小さな、小さな声だった。
私は静かな玄関で、時が止まったように感じる。

決してなげやりな言葉ではない。
小さな声ではあるが、篤人の全意志が注ぎ込まれた強い言葉。

私達は何も言えなかった。


その時、篤人の肩が少し上がったかと思うと、
「うっ、うわぁああー」


篤人が大きな声で上を向いて泣き出した。
今まで我慢して、溜めてきたものを全て吐き出すような。

篤人も泣くのか。
私にはそれしか考えられない。
なぜか、私の目からも涙がこぼれてきた。

"篤人にとって"の今までかけてきたものが、ここで幕を閉じた。

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私達があの日家にいたら何か変わっていたのだろうか、

篤人の幼いころの夢は、あの一夜によって一瞬にして壊されたのだ。


そして今、篤人の人生はまた別の方向へ動きだした。
 




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