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※王國心/871314
※現代パロor本編後未来捏造



「アイザって、昔から料理上手だったの?」
 はてさて今日はどんなものを作ってみせたのだろう、すこししょんぼりとした様子のシオンの隣に座って、声をかけるよりも早く問われたのがそれであった。主語に挙げられた当の本人は、どうやら台所で後始末をしているらしい。鍋を焦げつかせちゃったのという彼女の証言と同時、彼の苛立ちが滲んだ唸り声が聞こえてきた。
「……そうだな、最初からってわけじゃあねえな」
「えっ!」
 心底意外そうに見張ったその目には、驚愕だけでなく期待の色も乗っている。ほんとうに、と身を乗り出す彼女に苦笑してうなずきながら、おれははるか昔のことを思い返した。
「ありゃあ、いつのことだったかな……」
 たしか、まだ学び舎に通っていたころのことだったと思う。数人の班に分かれて行ういわゆる調理実習というもので、料理好きの女子がいる班に当たったおれとは裏腹に、彼はあろうことか男子のみの班に当たってしまったのだ。しかもその男子たちときたらその、ちょうどふざけたがる年頃で(いや、おれもその一員であったと言えばあったのだが)、どちらかといえば真面目な質の彼はひとり、調理に奮闘する羽目になった。当然、日頃料理なぞし慣れない者が、だれの助けもなくがんばってみたところで結果は見えている。そうして出来上がった大惨事とも言える代物に、最後まで手伝いもしなかった男子たちにはわらわれるわ、妙な気をつかった先生や女子たちにはかばわれるわ、とかく散々な目に遭った彼は、実習が終わった頃にはいまにも狂暴化しだしそうなほど不機嫌であった(ああ、きっとこの頃から能力の片鱗はあったのだと思う)。いまであればそっとしておいてやるか気分転換でもさせてやるのだが、あのときのおれはそこまで器用ではなかったらしい、どうしてやればいいかと思考が回り回って、結局わらいとばすという方法をとってしまった。
「それにしてもおまえ、ひっでえもんつくったよな!」
 それでなくとも過敏になっていた彼のプライドに、その一言がとどめを刺したのは言うまでもない。とたん硬直した彼は、ふいっと顔を背けると、やってしまったと口をつぐんだおれには見向きもせず、どこかへ行ってしまったのだ。
「それからしばらくは、口きいてくれなかったっけなあ」
「そ、それで……?」
 間延びした言い方をしたのにも関わらず、少女はおそるおそると続きを促してくる。いつだか彼女が言っていた、くだらないことでけんかをするとはこのことなんだがなあと頭を掻きつつ、引き揚げた記憶にこの口許はにやにやと緩むのだ。
「や、その間は、いくら話し掛けても無駄だったんだけどよ」
 それからちょうど一週間ほど経ったころだったろうか。放課後、急に腕を引かれて彼の家へ連行されたかと思うと、おもむろに彼が台所に立ち、包丁を手にするものだから仰天した。なにごとかと問うまでもなく、無言で野菜を切りはじめたその手つきは、ややぎこちなくはあったが一週間前とは段違いにうまくなっていた。そうして唖然として掛けていたおれの目の前に出されたのは、実習で失敗したものと同じはずの、しかし今度はおいしそうなにおいの湯気を漂わせている立派な料理であった。そしてそのときはじめて、おれは彼の手が傷だらけになっていることに気づいたのだ。
「それで、うまいって言ったときのあの顔がまたな……いやいや、そんなことはいいんだ」
 ようは、今じゃあなんでも作っちまうあいつも、最初はなんにもできなかったってわけだ。あいつには言うなよと立てた人差し指を口の前に添えて口角を上げる。どこか目を輝かせ始めた少女がこくこくと頷くと同時、台所から彼が結っていた髪を解きながら現れた。
「まったく、あれはひどすぎるだろう……」
 いくらなんでも焦がしすぎだ。ほぐすように首を回した彼が、ため息をついてもうひとつの長椅子に座る。しかしごめんなさい、と言う声が妙にふるえているのに少女を見れば、その口許は我慢しきれないといったようにひくひくと緩みかかっているのだ。狭まる彼の眉間に焦って彼女を肘で小突くと、どうやらそれが逆効果であったらしい、だって、ととうとうわらいだす。じとりとした彼の視線がおれに移った。
「……いったいなにを吹き込んだ」
「なあんにも?」
「なにもなかったらこうはならない!」
 こう見えてわりあい怒りっぽい男である。こわい顔ばっかりするもんじゃあねえよ、と肩をすくめればなにか言おうと口を開きかけた彼は、しかしうわ、と唐突に玄関で上がった声にそちらを振り返るのだ。居間に姿を現した声の主のロクサスは、荷物を置くと顔をしかめたまま鼻の前に手をやる。
「なんか、すごく焦げくさいけど、だいじょうぶなのか?」
「心配すんなロクサス、事件後だ」
「リア!」
 事件ってどういう意味よ、とさきほどとはうってかわってふくれ面をするのはシオンであった。そのままの意味だよとけたけたと揶揄してやると、もういい、と彼女はすっくと立ち上がる。
「あたしもぜったい、アイザみたいにうまくなってやるんだから!」
 ご丁寧にそう宣言して台所へ消えた少女にぴんときたのだろう、連鎖するように彼の睥睨がおれに突き刺さる。いまのは、どういう、意味だ。一言区切るたびにどす黒くなっていく声に冷や汗をかきながらも、ええいままよ、と内心で叫ぶとおれは満面の笑みを彼に向けた。
「……そのままの意味だな!」
「やはり余計なことを言ったんじゃあないか!」
 もういい、あいつを手伝ってくる。憤然と台所へ消える彼を見送って、なにがあったんだ、と少年が困惑したように隣に座る。おれの味方はおまえだけだあとわざとらしく泣きつくふりをしつつ、ちょっと、あいつらのスイッチを押しちまってよ。そう苦笑いをすれば、栗色の眉が怪訝にひそめられた。
「スイッチって、女の子にしかないんじゃあないのか?」
「ああ、まあ、男にもそれなりのスイッチが、あるっちゃああるんだよ。あいつは特にな」
「ふーん……でも、たしかにひとのスイッチは、わかりにくいもんなあ」
 しようがないよ。肩をすくめる少年のすこしおとなびた表情に、こいつもいろいろわかるようになってきたんだなあと感慨にふける。そこに台所から、少女の声が飛んでくるのだ。
「今日のリアの晩ごはんは、四分の一減らすからね!」
「四分の一じゃああまいぞシオン、三分の一にしてやれ」
「じゃあその減らした分、おれにちょうだい!」
「おい、裏切るのかよロクサス!」
「自業自得だろー!」
 ぐうの音も出ない。だがそもそもは少女を元気づけるために、と考えかけて、にししとわらっては台所に駆けていく少年の姿にすべてどうでもよくなるのだ。まったく、こまったやつらだよ。胸の内でそうつぶやいて、頭の後ろで腕を組む。そっとため息をついたこの口許は、どうしようもなく緩んでしかたがなかった。

日常に挨拶を
(すきだよ、ばーか!)


2013.04.17


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