short『くじらの声
short『くじらの背中


くじらの声

 書きたかったのは、「気付いていたけど、分かっていなかった」ことです。登場人物が亡くなるような話はあまり書きたくないのですが、このお話ではどうしても、「毎日堂々とノートに遺書を書いていた男の子」と「ノートに気付いてはいたが、まさかそれが遺書だとは思ってもみなかった周りの人々」を書きたかったので、このようなかたちになりました。ノートの秘密、髑髏の刺青の秘密、沢山の人間の中でずっと疑問だったことが全て解決しときには、本人はこの世にいません。

▼目線
 あくまで客観的に見た、西高立生という人間を描きたいと思いました。なので特別な関わりもなく、クラスメイトでたまたま後の席に座っていた三木さんを中心に話を進めました。三木さんのような立場なら、誰でもなり得るのではないかと思います。

くじらの背中

▼一番近くにいた他人
 『くじらの背中』は、おそらく立生にとって一番近くにいた他人、ということで、加治の目線での話になりました。これを書いたのは『くじらの声』で曖昧だった部分を明白にしたかったのと、加治の心情を書きたかったのと、「おまえはおれの糧なんだ」というセリフを立生に言わせたかったからです。

▼加治の気持ち
 加治は立生に対して、はっきりとした恋心を抱いています。が、立生の恋心はどこにもありません。彼が愛しいと感じ求めるのは、自分を虐待している母親だけです。彼女に愛されたい一心で、彼は生きています。が、加治が立生にとってかけがえのない糧になっていたことも確かです。彼が弱音を吐いたのは、後にも先にも、加治ただひとりです。

▼立生の気持ち
 母が自分を疎んでいることにはもちろん気付いていて、命の危険を感じたことも何度もありました。いつか自分は母に殺されるのだろうと思っていました。どこか非現実的ではっきりしないものではありましたが、分かっていて、立ち向かうことも逃げることもせず、ひらすらに向き合っていました。
 また立生は、加治が自分に抱いている想いにも気付いていました。それでも知らんぷりをし、一晩だけ関係を持ったのは、ただただ抱きしめてもらいたかったからです。自分を愛しいと思ってくれる相手の腕の中で、その体温を感じたかったからです。このときだけ、立生は現実から逃げました。加治の気持ちを利用するかたちになってしまったと、自己嫌悪に苛まれますが、後悔はしません。彼は周りの人間が思っている以上に一途でしたたかで、不器用な人間です。

▼立生の弟
 気付いている方がいるかは分かりませんが、立生の弟は『EfiieTU』の幸生です。時系列的には、『くじらの声/背中』の数年後のお話が『Efiie』になります。彼らの名字が違う理由は、『Efiie』の説明での「幸生の家庭」にもありますが、以下の通りです。幸生は数年前に母の虐待によって兄の立生を亡くし、それが原因で両親は離婚。幸生を引き取った父が昨今再婚をしたのですが、婿養子に入る形で、名字も変わりました。