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手を伸ばすことさえ

※慧side

「…っ、…い!……慧!!」

大きな声で呼ばれてハッと我に返った。

「あ、あぁ、なんだ?」

「なんだ、じゃありませんよ、もう。さっきから何回も呼んだのに…。大事な話ですので気を散らさないで聞いてください」

溜め息付きの小言だ。バックミラーを見れば、自ずと目が合った。シルバーのノンフレーム眼鏡によっていくらが眼光を緩めた鋭めの目は、呆れきったように細められていた。

きっちりと着こなされたスーツも同じ。運転している高級車も同じ。だが、運転席に座るその人は心が求めて、渇望してやまない人じゃなくて、それだけで落胆の息が出た。

それを聞いて、また辻が目で呆れた。

「すまない」

「悪いと思ってませんよね、絶対。もうすぐ着きますのでしっかりしてください」

「…分かってる」

車の窓から流れていく景色に、もうすぐホテルに着きそうだと知る。大事な接待を控えた直前だというのに、頭の中は真っ白い空っぽのままで何を考えても上手く回ってくれない。

むしろ心を占めるのは一人のことばかりで、無意識に考え始めるし、一度考え始めたらとまらない。車内に流れているのはクラシックの穏やかな音楽なのに、忙しなく考える頭に胸は苦しくなるし、ついに軋んで痛む気がしてくる。

朝からずっとこの調子だ。

…たった一人のことしか考えられなくなる。

まぁ、確かに付き合う前から、彼に惚れきって手に入れようと思案していた時から頭の中を占められることはよくあった。

だが、悩んだりしたもののその多くは甘く心地いいもので、こんなにも苦しくて胸が不安に食い潰されそうなのは初めてだった。

(…皓……、)

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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。