「伊瀬ッ!!」
ハッと飛び起きた。
急に覚醒した頭はよく状況が理解できなくて、つけっぱなしにしたパソコンと着たままのスーツにデスクで居眠りをしていたんだと知った。
クラブの部屋でもなく自宅のマンションでもない豪華な部屋はホテルのスイートルームで、大きな窓から見える月はだいぶ傾いていた。
何かが肩から滑り落ちる。一目で上等だと分かる黒のジャケットからはよく知っている香水の香りがして、思わず溜め息が出た。
(これ、慧のジャケットだ)
紅茶と、シトラスと、ムスクの香り。
上品に混じったその香りは慧の残り香でしかないのに、暖房のよく効いた部屋の中だというのに寒いふりをして抱き寄せた。
(俺にかけてくれたんだ…)
調べものをしている時、慧はまだ傍にいた。俺が居眠りしてしまって、だが、昨日は一緒の部屋で眠ることを拒否したから慧はどうにもできずにジャケットをかけるしかなかった。
多分、慧はもう休んでいる。寝室へと繋がるドアは僅かに開かれていて、俺が行っても快く迎えてくれるんだと思う。
慧の温もりが恋しい。
ギュッと抱き締められて眠りたい。
だが、
(慧への接し方が、分からない…)
唐突にそう考えてハッとした。
何を馬鹿なことを考えているんだ、俺は。気を引き締めろ。依頼はまだ片付いていないし、慧のことは終わってから考えるべきだ。
パソコンをシャットダウンして、仮眠でだいぶ眠気も収まったからコーヒーをいれてソファーに沈んだ。時計の針が指すのは五時。真冬のこの時季だと日の出までにはまだまだ遠い。
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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。