(駄目だ、…落ち着け)
仕事に私情を持ち込むな。
心が乱れて判断力を失ったら、それこそ本末転倒で取り返しのつかないことになる。
加賀美が言っているのが伊瀬のことだと言う確証がないし、いや、仮にそうだとしても加賀美がこれ以上の行動を起こさないのなら、俺達の計画には変更がない。このまま進む。
なのに、指先の小刻みな震えは止まらなくて、鳴りそうに鳴る奥歯を強く噛み締めた。
そして、慧の答えは、
「裏切り?それは第三者から見た見解だ」
迷いのないはっきりとしたものだった。
「俺は簡単に人を愛しないが、愛したら責任は取る。体だけでなく心も守りたいと思うし、…何があっても必ず守り通すでしょうね」
「ほう?」
「もし、そのような状況にあったら俺は大切な人を逃がすし、何も言わずに大人しく逃げてくれたら安心する。大切な人を守るために死ねたら満足で、裏切りだなんてとんでもない」
覚悟を決めた力強い言葉。
加賀美は不満そうに少しだけ顔を顰めたが、慧は動じることなく言葉を続けた。表面上にこやかに見える二人だったが、雰囲気は互いに威嚇をしている荒々しい獣のようだった。
「だが、死にきれないとは確かにその通りだ」
「だろう?」
「心も守ると約束した手前、大切な人を悲しませてしまう自分が許せなくなる」
「っ、」
「加賀美様、俺には恋人がいますが、その人と生きるので死ねないんだ。恋人もしたたかだから俺を簡単には死なせてくれないだろうさ」
言葉に滲む覚悟と信頼。
加賀美は話の始まりに『もし』と使った。だが、それは決して仮定の話では終わらず、言葉の裏に潜む敵意あるいは加賀美が何かを企んでいると察したから、慧は割と本気の返事をした。俺には牽制に聞こえて仕方がなかった。
恋人に手を出そうなとど考えるな、と。
傷付けようとしたらただじゃおかない、と。
慧は加賀美に惚気けるように幸せな表情をしていたが、その瞳だけは油断なく加賀美を警戒していた。それに対して加賀美は静かに煙草を吸っていたが、言葉を口にすることはなかった。
静かな、にこやかな睨み合い。ぶつかった視線を先に逸らしたのは加賀美だった。
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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。