僕等がダンチェンコと話したりしたのは恐らくはこの幕合だったのであろう。
次の幕も僕等には退屈だった。しかし僕等が席についてまだ五分とたたないうちに外国人が五六人ちょうど僕等の正面に当る向う側のボックスへはいって来た。しかも彼等のまっ先に立ったのは紛れもないイイナ・ブルスカアヤである。イイナはボックスの一番前に坐り、孔雀くじゃくの羽根の扇を使いながら、悠々と舞台を眺め出した。のみならず同伴の外国人の男女と(その中には必ず彼女の檀那の亜米利加人も交っていたのであろう。)愉快そうに笑ったり話したりし出した。
「イイナだね。」
「うん、イイナだ。」
僕等はとうとう最後の幕まで、――カルメンの死骸を擁したホセが、「カルメン! カルメン!」と慟哭するまで僕等のボックスを離れなかった。それは勿論舞台よりもイイナ・ブルスカアヤを見ていたためである。この男を殺したことを何とも思っていないらしい露西亜のカルメンを見ていたためである。