「お口が震えていますよ。今日はまた何を言われたのです?」
優しい声色の風に促されて、バイパーはその口をかすかに開き‥‥歪めた。
ぱくぱくと何度か声を押し殺した後、ほんの少し溜め息をもらし、絡む喉を抑えて漸く音を乗せることに成功する。
「愛される気のない女に優しくする気はねぇ、愛されることのない女、愛を知らない女‥‥まぁいつものことだね」
「だからといって、言って良いことではないでしょう‥‥。少なくともバイパー、貴女は愛することを知ってる。知らないというのは、彼が見ようとしないからです」
「‥‥うん、そうだね。あいつは、ボクのことなんて見てないよ。いつものことだ。だけど、」
ぎゅうと握り締められていた拳が細かく震えるのに気付いた風が、バイパーの拳にそっと触れる。
「だけど、あいつ‥‥っ」
ほろりと、バイパーのまろくすべらかな頬に一筋の涙が零れ落ちる。
「よりによって、彼女を引き合いに‥‥っ」
それが限界だったというように、堰を切ったように次から次へと溢れ出す涙。
風はバイパーの頬を包み、親指で溢れる涙を拭うと、そのまま彼女を胸に抱き込んだ。
「‥‥泣かないで、バイパー。私は貴女がルーチェにも負けない、優しく愛に溢れている女性だということを知っているよ。そしておそろしく照れ屋だということも。貴女は彼女とは違う、貴女の愛がちゃんと息づいているのを私は知っています」
背中を優しく叩きながらフード越しに優しく紡がれる風の声は、押し殺すように涙を流す彼女に、確かな慰撫しとなって優しくバイパーの頭に響く。
「心ない言葉に傷付く貴女を知っています。柔らかい心の持ち主だということも。バイパー、私はね、貴女のことを護りたいのです。傷付いた貴女をほんの少しでも慰められることができるのが、嬉しいといったら不謹慎ですか?」
ゆっくり柔らかく響く風の声は、バイパーに付けられた疵に滲みていく。
「――そ、なこと、ない‥‥」
ほとんど愛を囁かれたも同然の言葉に、バイパーは否定を返さなかった。
「ありがとうございます。――ああ、これでは傷付いた貴女に付け込む間男ですね」
ふふ、と微笑んだ風は、バイパーの頭頂部へ、フード越しにくちづけた。
もう大丈夫と言うバイパーに、泣きたくなったらまた自分の所へ来いと別れた風は、バイパーの出て行った扉とは違う扉を開けた。
「――いらっしゃるんでしょう? 盗み聞きするくらいなら何故泣かせるのです」
その声は硬く、先程バイパーと接してた時の声色とは真逆のもの。
「ああ、私に殺気を飛ばさないで下さい。怒ってるのは私の方なんですから。同じアルコバレーノだというのに、間違えて殺しそうになる」
冷ややかな気配が風の肌を突き刺すが、風は一蹴した。
「貴方の愚かさには感謝をしなければなりませんね。おかげで、彼女は私に心を開きつつあります。――ねえリボーン」
風の冷ややかな眼差しと、リボーンの忌ま忌まし気な眼差しが、交差した。
「邪魔、しないで下さいね」
20101001