首の後ろと腰をがっつり押さえられ、ぐぐっと大佐の顔が近付く。

「いやいやいや、何この距離、おかしくね?」

「いやいや、おかしくないとも」

にっこり笑う大佐の顔が近すぎて胡散臭さ満載だ。
おまけになんだってこんながっちり拘束されてんだ。
くっつきそうになる顔を離そうと一歩後退しても、がっつり身体がくっついてるせいで大佐も一歩前進してくる。
じりじりと同じことを繰り返すと、ふくらはぎが障害物を捉えた。

「げ」

障害物を捕らえたのが先か倒れ込んだのが先か。
これ以上ない都合で障害物である執務机に倒れ込み、オレの後ろはなくなった。
慣性に従うんだかそれが狙いだったか、大佐がオレに被さるだけなんだけど、冗談じゃない。
実は恋心を隠してた相手にのしかかられるってどォよ。
オレは勘弁してほしい。
だって爆発しそうな心臓がもたないじゃないか。
しかしだ。
オレの心境構わず問答無用で大佐は距離を縮め、あろうことか口と口がくっついた。

「ぅぐ、ううぅ〜〜ッ」

口と口がくっついた!
大事だから二回言ったよ!
油断、だの、拒否、とか、そんなん考える前にがぷりと食われた口は舌を侵入させ、閉じることをさせなかった。

むーっ、う、ン、んん、」

大佐に捕らえられた舌は逃れることを許さず強く吸われて扱かれ、口の中をヤツの舌が好き勝手良いように舐め尽くしていく。
鼻にかかった抜ける吐息がオレじゃないみたいで煩わしいけど、それはオレの口を解放してくれない大佐の所為だ。
息を継ごうと後退したいけど、しっかりがっちり押さえ込まれてて、酸素ばかりが奪われる。
低酸素に耐え切れず、意識は遠退くばかりで、引き剥がそうと襟元を引っ張ってた抵抗は力が抜けて可愛らしく、まるで男を誘ってるようなものでしかなくなる。
頼りの機械鎧も、力が入んなきゃただのガラクタだ。
止めろとか離せとかフザけんなとか、馬鹿野郎とか、言いたい言葉は全部、大佐の口の中に消えてった。
キス一つでオレを泣かせる巧さが悔しい。

あんた、なんのつもりでオレにキスしてんだ。
あんたなら、綺麗で、頭も家柄も良い、あんたにとって利益があるお姉さん連中が、それこそ鈴なりだろ。
遊び相手だって美人でグラマラスなお姉ちゃん達がいんじゃん。
あんたの隣で見かけるの、極上の女ばっかじゃん。
なんでオレにキスしてんの。

ゆっくり頬を辿る指が、張り付く髪を避けて耳にかけるその軌跡に背筋が震える。
のしかかる大佐の重さとか、体温が心地良い。
それでも流されるワケにいかなくて、キスの角度を変えるのに浮いた少しの隙間に腕を差し込んで距離を作った。
だけど、首の付け根をぐっと引き寄せられてしまえば、離れた分の距離は相殺されてしまう。
押さえ付けられてる足も、抵抗のつもりで暴れてたのに擦り寄せてるみたいだと思い至れば、余計な動きすらできなくなって、只管じっと大人しくするしかない。
淫蕩けそうな自分が嫌で、オレを奪う男の耳を思いっきり引っ張った。

「うっ」

「ぶはッ」

窒息寸前の肺が生き返る。
くるしくて、くるしくて。
右に傾いた大佐の顳へ、機械鎧で力いっぱい振り切った。

「ガ‥‥っ」

「はッ、あ、っ」

ようやく息苦しさや重さ、拘束されてた体が解放されて、自由になった呼吸が酸素を求めて咽ぶ。
少しでも同じ場所にいない為に大佐と逆へ、大量の書類を巻き込みながら転がる。
手を伸ばせば届くだろうが、オレには大事な距離だった。

「あ゛、ハ、っはーッ、っは」

ついでとばかり喘鳴を繰り返す。
機械鎧で脳を側面から揺らされた大佐はしばらく立ち上がれないだろう。
力の抜けた体を叱咤してベッドから落ち、敵(この場合、大佐な)に背を見せずに出入口に後ずさる。
ちくしょ、機械鎧が重いぜ。
大佐がゆらゆらしてる間に逃げ切れば万々歳とは思ったけど、腐っても国軍大佐。
ドアの開閉音で復活しやがった。
機械鎧でも、やっぱり仰向けからの攻撃は力が半減されてしまうんだな。
それでも立ち上がれないようなのは、相当効いてるからだろう。

「ま、ちたまえ、鋼の‥‥」

「イヤだ」

「そのまま出て行くな!」

「断る! 不意打ちだっつーても悪趣味すぎだろ、この変態!」

「君の所為だろう!」

「ヒトの所為にすんじゃねえクソったれ!!」

「君が昨日の今日で旅立つだなんて言うからだ!」

「赤い石の噂がある、オレが行かなきゃ誰が行くってんだ!」

「だが‥‥っ」

「わっけわかんねーよあんた、ちょっと頭冷やしやがれ!!」

大佐が立ち上がる前に、とっとと退却するが吉、だ。
怒鳴り合いの応酬の間に復活したオレは、大佐に追い付かれない内にと駆け出した。
すれ違う軍人達が、真っ赤な顔で疾走するオレを怪訝そうに見送る。
頼むから今声をかけないでくれ。
泣きそうな顔なんか、誰にも見られたくねーんだ。


駅ではアルが荷物と一緒に待ってる。
大佐体温やの重さ、感触を忘れるまで、東方司令部に近寄らないことを、固く誓った。


くたばれ!
空想アリア
2011.11.11
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