「無愛想、能面、冷血漢、依怙地‥‥峻厳、狭隘、唐変木、朴念仁、堅物、あ、頑迷! これこそこいつに言われたくなかったな。あと非力、お嬢、箱入り‥‥そうだ、溜息!」

芥屑同然の裏紙にそれらを書き付けて読み上げた陽子に、祥瓊は彼女の隣にいる麒麟にも劣らない盛大な溜息をついた。

「陽子‥‥それは、字じゃなくて悪口よ」

「だって、仕様がないじゃないか。字は当人を顕すのだろう? コイツ見て思い付くのって言ったら‥‥‥」

「せめてもっと、台輔や陽子自身に拘わるものを付けてあげなさいってことよ」

書き付けられた紙束を跳ね上げて祥瓊は諭すが、陽子もまたうんざりとしていた。

「だからさ、『陽俊』って言ったら、コイツすっごい嫌がってやんの。せっかく年号とお揃いなのにな?」

「お揃いって‥‥そーゆーことじゃないでしょう!」

「えー、だって、慶の王を助けた恩人の名から取ってるんだよ? これ以上良い字なんて思い付けない」

憮然とした陽子に、その場にいた一同は悄然とする。

「恩人って‥‥‥楽俊でしょう‥‥!」

(それが気に入らないと、何故気付かない‥‥!)

その時、居合わせた一同の思ったことは奇しくも同じだった。

「いけないことか?」

何が悪いのかと質し返す陽子に、全員が溜息を吐く。
この主上が溜息を付かれるのを厭んでいるのを知っていても、どうにも口内で噛み潰すことはできなかった。

「ダメというか‥‥もっと台輔らしい名前はないの?」

呆れる祥瓊に、陽子は憮然としたまま返す。

「だから無愛想‥‥‥」

「そうじゃなくて! もっと、麒麟の字っていうのは、王と麒麟の親愛の証といってもいいものよ? 思い付けない方がどうかしてるわ」

祥瓊の一喝に、陽子は再び唸りながら腕を組み考え込む。

「では陽景にするか? 景陽だと京YO線と同じでなんだか風に弱そうだしなぁ」

「アンタは三歳児か!」

渋々己が名と合わせた単語を口にするも、またもや祥瓊に一喝されてしまう。

「う、うるさい!」

安直だとがっつり叱られ、拗ねた陽子は筆を口に啣え、頭を仰向ける。

「んー、英語はあからさまだし‥‥L'amant、とか?」

「らまん?」

「騾鬘じゃない?」

呟くように陽子が口にしたのは、祥瓊達に馴染みのない単語。
祥瓊は隣の同じ海客である鈴に知ってる? と問い掛けるが、鈴も分からないという。

「うーん、フランス語かー。ポルトガル語にするならMeramor?」

「嵋呀髦櫑?」

暗号のような呪文のような言葉をぶつくさ言い始めた主上に対し、わけがわからないと陽子以外の一同が顔を見合わせるも、本人は至って真面目に考え込んでいる。

「イタリア語だとDilettoかー」

「嚀裂覩?」

思考の迷宮に嵌まった陽子に浩瀚までも首を傾げる。
主上がどこまで思考を遠くに飛ばしてしまったのかを按じ、当て字も冴えない。


「陽子、それって全部愛する人とか恋人とか愛人じゃねーの」

そこへ、庭園が望める窓からここに居る筈もない闖入者の姿。
隣国雁の台輔、小さくとも、その齢500年を越す麒麟であった。

彼はここ金波宮から雲海の上を最も速い騎獣、馬芻虞でも一昼夜かかる距離にある玄英宮に居る、その筈なのだ。
その場にいる一同が驚いた。

「六太くん! なんで?!」

「こ、これは延台輔。遠路遥々‥‥」

驚倒する一同のなか、王と台輔が辛うじて招きの言葉をかける。

「よ! 窓から邪魔するな」

浩瀚が頭を押さえつつ「延台輔、あれほど禁門からおいで下さいと‥‥‥」と苦言を漏らすも、雁国麒麟はどこ吹く風だ。

「面白そうなことは速さが命ってな! 景麒、なんだかんだ愛されてんじゃん。よかったな!」

謎の言葉を延台輔が通訳してくれたおかげで、先程己が主上が口にした、訳の解らない呪文が判明し、真っ赤になって口をぱくぱくさせている景王以外の一同がニヤリと嘲笑いながら納得する。
当の麒麟などは、俯き加減に仄かに頬を染め、些か気色が悪い。

「ギャース!!」

「よろしくな、L'amant! amorの方が良いか? Loverでも良いじゃん!」


延台輔は先程のやり取りを聴いていたのだろう、からかいを含むその言葉に、陽子は憤死した。




(なんならSlaivにしちゃえよ)

(六太くん、ソレ自虐‥‥‥)

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