なんて愚かな恋心



目が、離せない。

たいした任務じゃない時も

移動中も

戦闘中も

待機中も

潜伏中も


常に、近くに置いて、すぐ視界に入れるようにしないと落ち着かない。

会話中に真っ直ぐこちらを射る眼差しを、誰にも渡したくない。
自分だけのものにしたい。
誰にも触れさせたくない。
誰にも触れてほしくない。



オレだけを、見て。


他の誰でもなく


オレだけを、


愛して。




□□□□□




ふと、違和感を覚える。


桜色の彼女はいつもと同じなのに、だ。

昨日の自分は何か失態をやらかしただろうかと思案するが、会話をしていても全く辿り着かない。

手の先まで彼女を凝らして眺めていると、その違和感に気付く。


昨日まで見えなかった、華。

生まれ持った、彼女自身の華がほころんでいる。


それは、匂い立つような艶やかさや、惹き付けて離さないような華やかさとは遠いものの、ふと気付いて振り返ると確かに存在する、――それは、

春の訪れの薫風と共に目に映る、陽だまりのようだった。





その事実に、血の気が引いた。





―――誰だ


誰が彼女の華を咲かせた。

誰が、彼女に触れた――!



自分ではないのは確かだった。

オレは昨日も同じく彼女と接していた。


木ノ葉の忍達は、編成や特例がない限りスリーマンセルないし、フォーマンセルを一班として、メンバーを継続して任務にあたっている。

だから任務がある昼はずっと、彼女と一緒だった。

一緒に居れない夜は苦しい。

その苦痛を少しでも和らげようと、早朝から動いたり、遅くまで引き止めたり、一日で里に戻れないような任務を受けたりしていた。

彼女らにしてみたらいい迷惑だろう。

それによって、家族や友人との時間も奪っていたのだから。


彼女を誰にも触れさせたくないオレは、仕事の面だけでもと、有能であるという自分の世評を利用して状況を巻き込んだ。


それなのに。


彼女の魅力の元には敵わないのか。


オレの醜い独占欲を上回り、彼女に近付いた男がいるというのか。

カッと、頭に血が上った。

浅慮だと、耳の奥で警鐘が鳴り響く。



嫌だ。


嫌だ
嫌だ嫌だ!



彼女の瞳に映る姿が、自分じゃないことが。

彼女を掴んでいるこの手が、自分じゃないことが。

彼女を抱き締めるこの腕が、自分じゃないことが。

彼女に口吻けるこの口唇が、自分じゃないことが。


自分に触れてくる手が、彼女以外有り得ないように、


彼女に触れる手が、自分であって欲しい。



気付けば、息を乱した彼女が、オレを見上げていた。



幼い餓鬼の、醜い独占欲が丸出しになったオレを、サクラはじっと見上げている。


「―――カカシ先生」


開いた口唇はしっとり濡れて朱く、艶めいていた。

誘われるように身長差のある腰を引き上げ、逃げられないよう首の後ろを固定して、再び口唇を合わせる。

齒むように口唇を合わせ、その度にリップノイズが辺りに響く。
小さな後頭部を支える余った手の指を伸ばし、耳にかかる髪をかけると、震えた身体と共に首をのけ反らせる。

空気を求めて喘ぐ口唇を追い、開いた口に舌を差し込むと、ざらりとした感触に驚いた彼女の舌は奥へ引っ込む。

それを追いかけて少しづつ彼女の舌をなぞっていくと、全身で強張っていた身体から力が抜けていく。
逃げたままの身体を引き寄せ、更に深く彼女の口腔を蹂躙する。
リップノイズなどという、可愛いらしいものとはかけはなれた粘膜同士がたてる音に、オレとサクラの身体の間にあった手が、縋るように肩に伸ばされる。
しっかり抱き寄せると、身体が自分に添い、サクラ自身がオレに添っているような錯覚をおこす。

微かに聞こえる喘ぎ声が極上の音楽のようで、溺れて抜け出せない。

眉間に寄せた皺は、苦渋ではない。

不意にほろりと零れた涙に、口吻けを解いた。

呑み込めず溢れた粘膜が口の端に零れ、互いの口唇を繋ぐ。

それを啜ると、外気にあたって冷えてしまっていた。

こめかみを伝う涙を口唇で拭うと、瞳いっぱいにオレが映され、密な満足感がオレを満たす。

オレだけしか映さない瞳に歓ぶも、零れ落ちた涙がオレの中に陰を落とす。



「    」



ほとんど声帯を通さなかった言葉に、ぎくりとした。


彼女は、なんと言った?


この耳が素通りしたということは、聞きたくない言葉だったのだろうか。


今更、彼女にしたことは犯罪に近いことに思い至った。


衆人観衆の中。
任務中に。
一人勝手に逆上し。
彼女にとっては無理矢理だ。
突然だっただろう。
抵抗も無視し
(彼女の力では到底敵わない)
捩伏せたといってもいい。


瞬く間に青冷めたオレに、サクラがもう一度口を開く。


――嗚呼、止めてくれ

聞きたくない!


情けなくも泣きそうなオレの顔を両手で挟み、しっかりと目を合わさせる。
恐怖で縮み上がるオレの心を反映して、サクラを抱き上げている腕に力が入る。

カカシ先生、と
いつものようにオレを呼ぶサクラ。


「――うれしい」


否定や罵倒を覚悟していたオレの耳に届いたそれは、どちらでもなく。

ぽかんとしたオレの顔は、余程可笑しかったのだろう。
はにかんだサクラを、訝し気に見遣ると、頬を抓られた。


「あれだけ見つめられてたら、いくら鈍くても気付くわ」

居心地はものすごく悪かったけど‥‥と続けた彼女の目元は、ほんのり赤らんでいる。

「――でもね、」

抓っていた指を頬に添わし、肩に落ちる。

「やっと昨日、気付いたの」

ゆっくりと話すサクラに、徐々に焦れてくる。
そんなオレに気付いて、サクラは再び頬に指を添える。

その指の軌跡が優しすぎて、きゅうと胸が締め付けられた。




「他の人はいらない。


先生が、

カカシ先生が欲しい」




―――サクラの言葉に。


理解するより先に、

身体が崩れた。



「サスケくんもナルトもいらない。他の人じゃダメ。私、カカシ先生しかいらない。カカシ先生が…好き」



地面に一緒に崩れてしまっても、身体は少しも離れずぴたりと抱き合ったまま。

告げられた想いに頭がついて行かず、ぽかんとサクラを見つめたままで。

間違いなく今のオレって情けないんだろうなと思った。


「私はカカシ先生が好き。サスケくんじゃなくて、カカシ先生が好きなの。大好きよ、カカシ先生。‥‥お願い。カカシ先生も、そうだと言って―――」


サクラが、オレを見つめながら滔々と訴える。

これが、夢でなければ。

サクラの華を咲かせたのは……




歓喜が、オレの身体を駆け巡る。



喜びで震える手を抑えて、きつくサクラを抱き締めた。


――オレだけだと思っていた。

この手の中で、彼女が微笑むことはないと思っていた。

聞くことはできないと思っていた言葉を、


サクラの頬に手を添え、上向かせると、ゆっくり口唇を合わせた。

「好きだ」

啄みながら、言葉を重ねる。

「好きだ、好きだ好きだサクラ…
――傍に、オレの傍に、居てくれ。どこにも行くな‥‥。
離れたら、もう――生きていけない………」


あいしてる、と
口唇だけで伝えた。


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