纏わり付いて重たい血を洗い落とす為に水が流れる音に向かい、己の身長程の落ち水に入って行く。
窪んだ水の中では、水は小さな滝のように丁度頭の上から落ちてくる。

躊躇わず頭から身体を突っ込む。

成人男性の血のほとんどをその痩躯に浴びていた為、一時、サクラの周りの水面は赤く染まった。
血といえど、水と混ざり合い透明な紅は綺麗だ。

濡れたせいで脱ぎにくい服を剥がし、水に晒して染み付いた血を流す。
中に装着していた鎖帷子の隙間へ入り込んでいた血も、錆させない為に外して手荒に洗い落としていく。
凝固する前だったおかげで容易にそれは落ち、服も元の色地に戻ってきた。
最後にクナイに付着した血を拭うと、そのまま後ろの木の幹へ投げ付けた。

「―――誰?」

下生えを揺らして現れたのは、黒衣の少年。
歳はサクラと変わらないか、少し、上。
どこかの忍里の暗部かと手元の武器を軽く引き寄せる。
黒衣だが、赤雲の模様がないことから暁ではないことだけは確認できた。

硝子玉のような茶色の瞳は、傀儡の人形を連想させる。
赤髪からすると、砂だろうか。

じっと観察していると、少年から先に口を開いた。

「向こうにあった死体はお前か?」

声は、意外と普通に人間らしくて、知らず入っていた肩の力を抜いた。

「のぞき見なんて、悪趣味ね」

それでも緊張は解かず水に打たれるままその場に佇む。

「アレはオレの部下だった。殺ったのはお前か?」

「―――そうだ、と、言ったら?」

自分と変わらない歳でそこそこやれる部下を持っている・ということは、目の前の少年は結構な手練であることをサクラに示していた。

「言っとくけど、先にオイタをしたのは向こうなのよ。私は正当防衛しただけだわ」

聞き様によっては喧嘩を売っている様だが、少年の反応は無かった。

「あいつはオレを待たせた。手間が省けた分、感謝すべきだろう。――が」

距離を一呼吸で詰め、少年はサクラの首を掴んだ。

「空いた分は補充させてもらうぞ」

ガツ、と後ろの岩に頭を叩き付けられ、サクラの目の前が一瞬スパークする。

油断した隙に腿を足で割られ、水が流れ落ちる岩に縫い付けられた。
叩き付けられた時に呼吸を止めてしまった所為で息が出来なくなる。
足掻こうにも首は縫い止められ、水は絶えず降り注ぐ。

「―ガ………ッ…っ…っ」

「お前にはオレの手足となってもらおう」

首を掴んだ手は緩まず、指は一層皮膚に食い込む。
気道を押さえられ溺れることはないにしろ、息ができないのに変わりはない。
少年の腕は硬く、腕や身体を押し退けることは難しいだろう。
このまま酸素を断たせたままでは動けなくなる。

サクラはチャクラを肘に集中させると、後ろへ打ち込んだ。

派手に飛び散る岩片に、驚きに目を見開いた少年の腕から抜け出すのは容易だった。
一気に肺を満たす酸素に激しく噎せ返る。

「…っ……」

酸素が足りない所為でクラクラする頭をどうにか堪え、少年から距離を取る。

なんとか少年の背後を取るが、やり合ったら負けることは目に見えている。
だからといって少年の手足になる気は、ない。
しかし、サクラにはこの場を切り抜ける方法が思い付けない。

サクラが思案していると、少年がゆっくりこちらを振り返り…ふと、動きを止めた。



―――なぜか、数秒……見つめ合う。



咳嗽は治ったものの、呼吸の戻らないサクラは、荒く息を吐きながら戸惑う。

(ちょっと…普通、こういう場面って何か行動がある筈よね…?"手足にさせる"っていう明確な目的もあるんだし……)

急に戦意を無くしたかのような少年に、構えを解いた方が良いのか、サクラは分からなくなる。
逃げるとしたら今だろうと、動かない少年を良いことにじりじりと後退していく。
追跡を避ける為、匂いを辿らせないようこのまま川を下るつもりだ。

綺麗になった衣服を手に拳を川底へ叩き付け、土砂混じりの水壁を作って、一気に下流へ駆け抜けた。


一方、ひっくり返された土砂水が治まった所に取り残された少年は、未だその場に留まっていた。
彼はといえば、近くの幹に刺さっているクナイを見ている。

その様子は獲物を逃がしたというよりも、深い思考に沈んでいるようだ。

「オーイ、旦那ァ。どこまで行ってんだ、探すのだって大変なんだぞ、うん」

気配も隠さず、下草を踏み鳴らしながら現れたのは、顔の片側に残した金髪の前髪以外を頭頂で高く結い上げた青年。
赤髪の少年よりかは年上に見える。
その姿は黒衣。

「旦那?だよな?その姿、生身か?うん」

やたら賑やかしい彼の声にも反応せず、赤髪の少年は一点を見つめたまま。

「おーい旦那?サソリの旦那、何ボーっとしてんだ、うん?――って旦那、上衣裏返しじゃん!美しくねぇ!」

漸く金髪の青年を見た少年―サソリは溜息を一つつくと、改めて上衣を着直した。

黒地に赤雲。

歩み寄ってきた青年と同じ、それ。
彼らは火ノ国や他同盟国の探す、正に標的だった。
各国が己らを血眼で探している今、他者との接触に身元を示すものを表に出したままでいる筈がない。
サソリはわざと上衣を裏返していたのだ。
身を覆う傀儡も置いてきた。

「行くぞ」

「まぁた旦那ってば勝手過ぎるぜ、うん」

ぶつくさ文句を言う青年をやり過ごし、木に刺さっているクナイを引き抜く。

(――何故、あんな小娘に――)

木漏れ日を浴びて斑に輝く刀面。
柔らかい陽光に反射される光はぬらりと白く、先程の娘の肌を思い起こさせる。
水に濡れた肢体は瑞々しく、ぴたりと肌に張り付いた下衣越しの姿は、妙な艶かしさがあった。
健康的な張りを持つ肢体は未だ成熟しておらず―――

(目を奪われた、など。)

大人へと向かう、生命力溢れる身体の。
空気を求め、激しく喘ぐ姿の。

何と、生々しいことか。



べろりとクナイの刀面を嘗め、サクラが崩した岩へ投げる。

水と陽の元で突き立つクナイはその光を受けキラキラと反射し、

眩しかった。






秋風に 乱れてものは 思へども
萩の下葉の 色は変らず

藤原高光
(新古今集)


[萩が秋風に吹かれて乱れるように、私の想いは乱れたりするけれど、萩の下方の葉の色が変わりにくいように、私のあなたへの恋心を顔色に出したりはしません]
右近衛少将まで昇るが、応和元年(961年)妻子を捨て出家。三十六歌仙の一人。



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